仙台出身の文太さん 被災地への思い人一倍 “震災映画”降板も

[ 2014年12月1日 14:34 ]

宮城米応援キャンペーンに登場した菅原文太さん。右は浅野宮城県知事。1995年10月撮影

 俳優の菅原文太さんが11月28日午前3時、東京都内の病院で転移性肝がんによる肝不全のため亡くなったことが1日、分かった。81歳だった。仙台市出身の菅原さんは東日本大震災の被災地への思いも人一倍だった。

 2012年2月23日、消防団に対する激励の講演を都内で行い、俳優活動を当面控える意向を表明。仙台市出身とあり「こういう時代に、どんな映画を作っても(被災地は)癒やされない」と話した。

 同月3日には、震災をテーマに盛り込んだ映画「東京家族」(監督山田洋次)の降板を発表。この日も「震災の傷が癒えぬうちに映画を撮るべきでない。その思いは変わらない」とし「半減期が何百年、何万年という放射性物質もある」と原発事故の深刻さを指摘した。

 「納得いく作品があれば出るかも」と復帰は否定しなかったが、一方「もう年。自分が辞める辞めないは人さまに関係ない。こんなロートル、誰も待っていない」と引退をほのめかす発言もあった。

 11年6月には、福島県浪江町や南相馬市から宮城県丸森町の廃校に避難中の住民らを訪問した松本龍防災担当相に同行。被災者を激励した。

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