長宗我部の手紙発見に「センゴク」作者も歴ドルも興味津々

[ 2014年6月25日 01:29 ]

 戦国時代に土佐(高知)の武将だった長宗我部元親が四国の領土をめぐり織田信長の命令に従う意向を示した手紙が見つかったことを受け、歴史好きや著名人がツイッターなどで反応している。

 天下統一へまい進していた信長は、四国はを元親の切り取り次第にさせるとの方針から、阿波(徳島)の半分と土佐しか領有を認めないと変更。手紙(1582年=天正10年=5月21日付)は明智光秀の家臣斎藤利三に宛てたもので、元親が従う姿勢だったことが確認されている。信長はこの手紙以前に出兵を決意。直後の6月2日に起きた本能寺の変は、織田と長宗我部の仲介役だった明智光秀が信長の方針転換に納得しなかったことが原因とする説もある。
 
 仙石秀久を主人公とした「センゴク」で知られる漫画家の宮下英樹氏はツイッターで「(本能寺の変の)元親関連がこれで有力になるのか?今後の行方が気になる。出陣日時と謀反の日を考えると四国攻めを止めるためとも思えなくもないんだが…」と興味津々の様子を伝える。歴ドルとして知られる美甘子も「光秀が信長と元親の板挟みになっていた様子が分かるそう。これはびっくり!スゴイ発見!」と驚いている。

続きを表示

2014年6月25日のニュース