福島原発元作業員が描くルポ漫画「いちえふ」初単行本で初版15万部

[ 2014年5月5日 07:55 ]

 東京電力福島第1原発で作業員として働いていた漫画家による原発ルポ漫画「いちえふ 福島第一原子力発電所労働記」(講談社)が話題になっている。竜田一人(たつた・かずと)さん(49)が自身を主人公に描き、先月23日に発売された単行本1巻は、無名の漫画家としては異例の初版15万部を出荷。「自分の目で見たものだけを描いた」と話している。

 竜田さんは、“顔出しはNG”を条件に取材に応じた。「いちえふ」から飛び出してきたようなワークシャツとカーゴパンツの“作業員スタイル”。顔写真だけではなく、詳細な経歴も一切明かしていない。「皆さんが僕に持ってるイメージに応えました」と笑う素顔は漫画と違い、長く伸びた髪がワイルド。よく笑い、理路整然と話す。

 大学卒業後、職を転々として29歳で麻雀漫画でデビュー。主にノンフィクション作品を、“コンビニ本”と呼ばれる廉価版コミックで描いてきた。単行本出版は今作が初めて。49歳での初単行本は業界最年長の可能性もある。

 福島第1原発で働いた動機は「基本的には仕事に困っていたから。あと福島への差別的な報道を見たことで湧いた義侠心が少し」。漫画は原発事故の約1年前から描いていなかった。ハローワークで被災地の仕事を探す中で、原発での作業を見つけた。2012年6月から約半年、敷地内の休憩所や3号機の建屋などで働いた。

 当時を振り返り「いい職場だと思います」。単行本をめくりながら「ここも今は建屋カバーがついた。そういうのが日々の変化として分かる充実感がある。まだまだ困難な作業がある。溶け落ちた燃料を捜しにロボットが入ったり、無人クレーンが活躍していると思うと気持ちが高ぶります」と、片付いていく様子を明かした。

 津波と爆発などを受けた構内の後始末は、なかなか進まない。汚染水漏れなどのトラブルも頻出しているが「ガレキの処理などは着実に進んでいる。そちらも報道してほしい」と訴える。

 「自分は漫画家というより、ただの作業員」で、漫画家として今後の夢はないと言い切る。竜田一人のペンネームには「たったひとり」「何者でもない、ただの人」などの意味を込めた。顔を隠すのは、作業員として再び働きたいからだという。執筆に一区切りつけたら、福島へ向かうつもりだ。「生きてる間に終わらないかもしれませんが、自分が生きてる限りは携わっていきたいですね」と力を込めた。

 「いちえふ(1F)」は福島第1原発の略称。地元の人は「ふくいち」とは呼ばない。

 漫画では、3号機建屋や作業員用の休憩所など、竜田さんが働いた職場を中心に描かれている。炉心溶融(メルトダウン)した3号機周辺で、太い金属パイプのボルト、ナットを緩める場面は緊迫感がある。放射線量が高く、タイベックと呼ばれる白い防護服やマスク、ヘルメット姿でも滞在時間はわずか1時間程度。警報機がけたたましく鳴り、被ばく放射線量が限度に達したことを知らせる。

 だが、そんな環境にも人は慣れてしまう。主人公が一番気にするのがマスクの下の鼻のかゆみというのは、皮膚感覚に訴えるものがある。喫煙室でリラックスし、作業の合間に昼寝する姿など、生活感も丁寧に描く。潜入ルポにありがちな“衝撃の告発”はない。それでも作業員目線のリアルな日常の描写は読み応えがある。

 単行本の帯には「“フクシマの真実”を暴くのでなく“福島の現実”を描く」という趣旨のコピー。フクシマと福島、真実と現実の対比には皮肉がこもっている。「片仮名表記はヒロシマ、ナガサキのように国際的悲劇の象徴として扱うのに都合がいいんでしょう。でも福島に住む人がどれだけ、それを嫌っているか分かりますか?」。この時は語気を強めた。

 続けて「事故後の報道で、何度も“フクシマの真実”の文字を目にした。でもそれは僕が現地で見たものと違った。真実とは、それを口にする人が信じたいこと。人の数だけある。僕は自分の目で見たことだけを描いた」と強調する。

 事故から3年。風化されてしまうことが心配されているが、漫画で地元出身の作業員がつぶやくセリフが印象的だ。

 「起きちまったもんは、恨んだって怒ったって元には戻んね。できることやっていぐしかね」

 廃炉まで40年かかるという試算もある。だが今も「いちえふ」で収束作業に従事している人がいる。 

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2014年5月5日のニュース