毒蝮三太夫「国民栄誉賞でもいい」ヨネスケ「野球の歴史をつくった」

[ 2013年10月30日 20:49 ]

川上哲治氏死去

 ▽タレントで巨人ファンのヨネスケの話 川上さんは戦争を経験し、戦後もすぐにはジャイアンツに戻らず、家族を助けるため(出身地の)熊本県で畑仕事をしていた、と講演で話していた。そうした経験が我慢強く、慎重な人柄につながり、だからこそV9を達成できたのだと思う。テレビ番組で取材した際は、言葉を掛けられないぐらい近寄りがたい存在だった。野球の歴史をつくった方を亡くし、すごく残念だ。

 ▽巨人ファンでタレントの毒蝮三太夫の話 (背番号と同じ)16番の都電に乗って後楽園球場に見に行っていた。今でも銭湯の脱衣所で16番の籠を選ぶ。巨人を応援するラジオ番組をやっていたころは、よくかわいがってくれた。職人肌で、おやじみたいな人だった。「赤バット」を見せてもらったこともあった。昭和が遠くなって、はるかかなたに行ってしまった感じがする。日本が一生懸命復興しようとしていた戦後間もない時代に、これほど人々を元気づけた人はいない。国民栄誉賞でもいいのではないか。

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