やなせたかしさん死去 名作「アンパンマン」 最期まで創作意欲

[ 2013年10月16日 06:00 ]

アニメ映画「それいけ!アンパンマン とばせ!希望のハンカチ」の親子試写会に出席した原作者のやなせたかし氏(左)と声優初挑戦した女優の本仮屋ユイカ(2013年6月撮影)

 アニメ「アンパンマン」シリーズで知られる漫画家のやなせたかし(本名柳瀬嵩=やなせ・たかし)さんが13日午前3時8分、心不全のため東京都文京区の病院で死去した。94歳。高知県出身。葬儀・告別式は近親者のみで済ませた。後日、しのぶ会を開く予定。東日本大震災の発生後「生涯現役」を宣言し、筆を執り続けてきた。亡くなる直前まで元気だったが、突然容体が悪くなって帰らぬ人になったという。

 「アンパンマン」の版元「フレーベル館」が15日午後、記者会見を開いた。やなせさんは8月下旬に検査入院し、ぼうこうがんが見つかったという。その後、肝臓にも転移。ただ、非常に元気は良く、亡くなる直前の12日も、見舞いに来たアニメ製作会社「やなせスタジオ」のスタッフ1人と談笑していた。だがスタッフが病室を後にした4時間後に容体が急変、約1時間後に亡くなった。20年前に亡くなった妻との間に子供はおらず、みとったのは再び駆け付けた、このスタッフだけだった。

 密葬にしたのはやなせさんの遺志で、生前フレーベル館の関係者に「しのぶ会と記者会見だけやってほしい」と頼んでいたという。密葬は東京・落合斎場で営まれ、仕事関係者のほか、漫画家ら60人が参列した。参列者は「棺の中の先生はしわもなくきれいな顔だった」と話した。数年前にぼうこうがんを患って完治したが、その後も白内障や尿管結石など、さまざまな病気と闘ってきた。ここ2年の口癖は「もう死ぬんだ」。7月に都内で劇場版「アンパンマン」の初日舞台あいさつをした時にも「あと2、3週間しか生きられないって言われてる」などとブラックジョークを連発。その割に「病室を別荘のようにして筆を執り、病気を楽しんでいるようにも見えた」(フレーベル館アンパンマン室の天野誠室長)という。

 90歳が迫り、一時は引退を考えたやなせさん。しかし、11年の東日本大震災の発生後、被災地の子供たちがラジオから流れる「アンパンマンのマーチ」を歌っていたことを伝え聞き、前言を撤回して「死ぬまで現役」と宣言。最近も11月に刊行予定の書籍「やなせたかし大全」の構成作業や劇場版「アンパンマン」の企画を練るなど、仕事への熱意は衰えていなかった。

 アニメは88年にスタートし、今月11日の放送まで1191話。子供たちに多くの「愛と勇気」を与えた巨匠が静かに旅立った。

 ◆やなせ たかし 本名柳瀬嵩。1919年(大8)2月6日、東京都生まれ、本籍は高知県。東京高等工芸学校図案科(現千葉大学工学部)卒業。雑誌「詩とメルヘン」の編集長を長年務めたほか、舞台美術や演出でも活躍。00年に日本漫画協会理事長に就任、体調不良のため12年に退き、会長に就いた。

 ◆追悼番組 NHKBSプレミアムが追悼番組「100年インタビュー やなせたかし」(2012年7月16日放送)を19日午後1時30分から放送。70歳目前で「アンパンマン」がヒットするまでの漫画家生活、「何のために生まれてきたのか」を問い続けた人生を振り返る内容。

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