崔洋一監督「無念の一言」大島監督の悲報に各界衝撃

[ 2013年1月16日 06:00 ]

「戦場のメリークリスマス」で助監督を務めたタマホリ監督来日歓迎パーティーでの大島渚さん(右)とビートたけし(左)=1995年7月
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大島渚監督死去 

 大島渚監督の悲報は映画界ばかりでなく、放送など各界にも衝撃を走らせた。「愛のコリーダ」で助監督を務めた崔洋一監督(63)や大島監督が90年代前半までレギュラー出演したテレビ朝日「朝まで生テレビ!」で司会を務める田原総一朗氏(78)が悲しみのコメントを寄せた。

 世界にセンセーションを巻き起こした「愛のコリーダ」(76年)で助監督を務めた崔監督は「長いこと病気と闘ってこられたが、無念の一言。さまざまなタイプの監督がいるが、大島さんほど世界を見据えて闘い抜いた人はいなかった」と師と仰ぐ偉大な先輩をしのんだ。出会った70年代半ばから今日まで折に触れてそばにいた。96年に脳出血に倒れた大島監督が執念で完成させた映画「御法度」には俳優として新選組局長の近藤勇役で出演。同作品が2000年のカンヌ国際映画祭に招待されると、監督やビートたけし(65)、松田龍平(29)らとともにフランスに飛び、一緒にレッドカーペットを歩いた。

 そんな思い出も悲しみに拍車をかける。最後に対面したのは昨年末。「具合が悪いとうかがって病院に駆けつけた。看護なさっていた奥さんの小山さんが“崔さんが来てくれたわよ”と話しかけると監督が反応してくれて…。互いに目を見つめ合い、手を握り合いました」と振り返った。崔監督は現在、日本監督協会の理事長。「協会としてやれることはすべてやりたい。やります」と最後は涙で声を詰まらせた。

 一方、田原氏は「思い切って論争できる兄貴だった」と故人をしのんだ。「大島さんは僕らと同じ世代の人だが、年齢的にはちょっと上」と信頼感を寄せていた。テレビで取り上げるには困難な問題をテーマにし続けた番組の中で「タブーに切り込める人だった」と論争相手として買っていたことを明かした。

 「最も思い出に残っている」というのが、初回放送で大島さんが菅直人元首相に「バカヤロー!」と怒鳴った場面。菅氏が俳優出身のレーガン元米大統領を引き合いに「アメリカでは役者でも大統領になれる」と嫌み交じりに語ったところ「世界の役者に謝れ」と激怒した。「映画監督として俳優がバカにされるのが許せなかったのだろう」と当時の大島さんの心中を推し量った。

 映画人としても「日本最大の監督だった」と絶賛し「本当に残念でならない」と悲しみをかみしめていた。

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