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篠田正浩監督「戦友という気持ちに変わりはない。彼は戦う人だった」

大島渚監督死去

 ▼日本のヌーベルバーグの旗手として共に活躍した映画監督篠田正浩さんの話 ずっと大島渚のことを考え続けてきた。今も同じ戦場で戦った戦友という気持ちに変わりはない。彼は戦う人だった。いつも矢面に立ち、仁王立ちになって映画を作り続けてきた。

 松竹ヌーベルバーグと呼ばれながらも、大島も僕も吉田喜重もみんな世界観が違っていた。

 大島の座標軸は左翼だったが、左翼もまた荒廃し、可能性がないことを感覚的に分かっていた。だから作風は次第に現実から引き離され、抽象化されていった。天皇制に在日朝鮮人を対峙させた「絞死刑」という作品で、日本を相対化することで、彼は世界性を獲得していった。

 個人としての大島はこまやかで女性的な人だった。外には烈々たる言葉を発していたが、内部は優しさに包まれていたと思う。

 病に倒れてからは、彼の気持ちを考えると、彼の前に姿を見せるのがはばかられて、会うことはできなかった。

 いつか亡くなると覚悟はしていたが、彼に言う言葉が見つからない。「渚」という名前は、水産試験場長だった彼の父が名付けたという。今、大島によって「渚」の名前は特別な響きを持って新しい意味を感じさせる。そんな人生を貫いたのだと思う。

[ 2013年1月15日 21:09 ]

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