藤本義一さん死去 直木賞作家、「11PM」司会でも活躍

[ 2012年10月31日 06:00 ]

30日に亡くなった藤本義一さん

 直木賞作家でテレビ番組「11PM」の司会としても活躍した藤本義一(ふじもと・ぎいち、本名ふじもと・よしかず)さんが30日午後10時18分、兵庫医大病院で肺炎のため死去した。79歳。大阪府出身。葬儀・告別式は未定。1カ月ほど前から入院しており、30日朝に容体が急変したという。自身が阪神大震災を経験したこともあり、昨年の東日本大震災以降は、被災者を気遣う発言を繰り返していた。

 親しい関係者によると藤本さんは約1カ月前、兵庫県内の自宅で体調不良を訴えて倒れ、入院。1週間ほど前までは体調も良好だったが30日朝に容体が急変。「静かに息を引き取った」という。

 大阪府立浪速大学(現大阪府立大学)在学中にラジオドラマや舞台の脚本を書き始めた。68年に長編「残酷な童話」で小説家デビュー。第2作「ちりめんじゃこ」で69年の第61回直木賞候補になるなど、早くから注目を集めた。74年、上方落語家の半生を描いた「鬼の詩」で、ノミネート4回目で第71回直木賞を受賞した。

 藤本さんの顔が全国に浸透したのは、1965年に始まった伝説的深夜番組「11PM」(日本テレビ、読売テレビが共同制作)。大阪制作分の司会者に就任し、歯切れのいい口調とコメントで人気を集めた。同番組では番組終了の90年まで司会を務めた。

 私生活では58年、スポニチ大阪本社(当時)文化部の女性記者第1号だった統紀子(ときこ)夫人(77)と結婚。統紀子夫人とは取材を通じて知り合ったという。

 出生地でもある大阪を心から愛し、大の阪神ファンとしても知られた。スポニチ大阪版で長年にわたり競馬のコラムを連載。スポニチ大阪版には「一八勝負」(79年4月~)、「虎に食われた男」(92年10月~)などの小説も連載した。

 阪神大震災で被災したこともあり、昨年3月の東日本大震災の発生に心を痛めた。公の場では「この震災の被災者の方が大変ですよ」などと語り、被災者を気遣った。お笑いにも造詣が深く、今年7月に大阪市で行われた「六代目桂文枝」襲名披露パーティーには、桂文枝あてに色紙を贈っていた。

 ≪自宅はひっそり≫兵庫県西宮市の閑静な住宅街にある藤本さんの自宅はひっそりと静まり返っていた。31日未明、玄関や一部の部屋には電気がついているものの反応はなく、誰も対応することはなかった。

 ◆藤本 義一(ふじもと・ぎいち)1933年(昭8)1月26日、大阪生まれ。代表作は「鬼の詩」「生きいそぎの記」など。お笑いにも造詣が深く、新人の登竜門「ABCお笑い新人グランプリ」の審査員も務めた。10年までは「新語・流行語大賞」の審査員としても活躍した。

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