“和製クラプトン”柳ジョージさん死去…63歳

[ 2011年10月14日 07:45 ]

死去した柳ジョージさん(1979年8月)

 独特のハスキーな歌声と味わい深いギターで人気を集めたロック歌手の柳ジョージ(やなぎ・じょーじ、本名柳譲治=やなぎ・じょうじ)さんが10日に腎不全のため死去したことが13日、分かった。63歳。横浜市出身。知人によると、故人の遺志により訃報は近親者のみに伝え、11、12日に通夜と葬儀を済ませたという。

 学生運動が激しかった日大在学中の1969年、ブルースロックバンド「パワーハウス」を陳信輝(62)らと結成。翌70年にザ・ゴールデンカップスの後期メンバー(ベース)として加入。解散後の75年に広島のローカルバンドをバックに「柳ジョージ&レイニーウッド」を結成。「雨に泣いてる」「FENCEの向こうのアメリカ」「さらばミシシッピー」などのヒットを飛ばした。中でも79年のアルバム「RAINY WOOD AVENUE」はオリコンチャート1位を記録した。

 81年暮れの日本武道館公演で解散。わずか6年間の活動だったが、R&Bをベースにしたロックがヒットチャートをにぎわせたのは当時では異例のことで、その後の日本のロックやポップシーンに大きな影響を与えた。ソロ歌手として活動後も“泣きのギター”と呼ばれるフレーズから「和製エリック・クラプトン」と称され、女性シンガーの鈴木聖美(59)、バブルガムブラザーズ、横山剣(51)らがファンを公言。俳優高倉健(80)が柳のディナーショーに突然訪れ「以前から聴いていました」と声を掛けたエピソードは有名だ。

 酒好きで知られ、ここ数年は体調を崩すことも多かった。今年5月22日の函館市芸術ホール公演を最後に、体調不良を理由に活動を休止。所属事務所からも離れ、ファンクラブも閉会していた。

 「じじいになってこそ味の出る歌もある」と生涯現役を誓っていた柳さん。早すぎる死は日本ロック界の大きな損失だ。

 ◆柳 ジョージ(やなぎ・じょーじ)1948年(昭23)1月30日、横浜市生まれ。中学時代にザ・ベンチャーズに影響されギターを始めた。素朴でシャイな人柄も魅力で、志村けんは飲み仲間。所ジョージの芸名は宇崎竜童が「所沢の柳ジョージ」という意味で命名。読書家として知られ、中でも歴史物が好きだった。カラオケの十八番は高倉健主演映画「網走番外地」の主題歌。05年に「柳ジョージ&レイニーウッド」を再結成し、08年にはフジロックフェスティバルに出演した。

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