[ 2010年5月29日 06:00 ]

中村功をソリストに迎えて演奏された細川俊夫の「打楽器とオーケストラのための協奏曲 旅人」は東洋の響きを感じさせる演奏となった。※公演写真は (C)竹原伸治/東京都交響楽団提供

「確かに彼女が加わった影響も少しはあるが、元々、都響の演奏スタイルはこうしたものだった。もちろん以前からコンマスを務めている矢部達哉も在京オケを代表する腕利き奏者であり、彼の長年の巧リードによるところも大きい。そして、これまで若杉弘、エリアフ・インバル、ガリー・ベルティーニとそれぞれマーラー・チクルスを敢行してきたこともその一例であるが、オーケストラ全体が確固たるサウンド・イメージを共有できうるための土台作りが、この楽団の歴史の中で一貫して行われてきた。渋めだが厚みと温かみを感じさせる弦のサウンドをベースに管・打セクションが決して突出することなく絶妙のハーモニーを織り成していく。親密なアンサンブルは、とりわけロマン派の作品において大きな効果を発揮することが多い」。

 また作曲家・細川俊夫の「打楽器とオーケストラのための協奏曲 旅人」についても触れておきましょう。実は私にとっての“現代音楽元年”ともいえるほどに感銘を受けました。クラシック音楽の長い歴史の中でどの作曲家も過去に作られた数々の名曲にはない、自分ならではのオリジナリティーにあふれた作品を作りたいとチャレンジを積み重ねてきたわけです。しかしそう簡単に新しいものは生み出せない。細川俊夫はそれを成し遂げていたことに驚いたのです。 
 プログラムに掲載された作曲家自身の解説によると独奏者は「人」、オーケストラはその人のうちと外に広がる「宇宙」「自然」「世界」を象徴しているとのこと。独奏の打楽器者・中村功を取り囲むように並べられたティンパニ、大太鼓、タムタム、コンガ、ボンゴ、小太鼓、トムトム、トライアングル、アンティークシンバル、鈴、タンブリン、ペダル付大太鼓、風鈴、チベットクロタル、ログドラム。曲は素手を大きく振り下ろしてティンパニを叩く儀式のような動きから始まります。さらに多種多様な打楽器を手のひらで撫でたり、バチでボンと鳴らしたりという演奏を通していくつもの行為を想像させるのです。それはまるで能楽のような動作でもあり、そこから生まれる独特な響きなどが、深い表現力を発揮するのです。シンプルな動きで最大限の効果を発揮する。音という表現手段を用いる上で東洋と西洋の根本的な違いでもあります。例えば西洋ではスプーン、フォーク、ナイフを使うけれど、東洋では箸で全てを賄ってしまう。細川は打楽器を通してそういった東洋的な「削ぎ落とされた美」を見せてくれたのです。またトランペット、トロンボーンを客席の3方に配置し立体的な音空間を現出させ、曲の最後には中村が演奏しながら舞台を降りて客席を通り過ぎて去って行く。中村が手にした風鈴の音が次第に遠ざかり、最後は消え入るように無音の世界が広がる。聴く者は音に内包されることにより、単に耳だけではなく体全体で感じるというのは、古寺の庭に佇んだときの感覚に似ているようにも感じました。

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2010年5月29日のニュース