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女子ボクシングを、すべての「母」の地位向上を…「戦うシングルマザー」吉田実代が挑戦し続ける理由

[ 2022年6月29日 09:00 ]

「戦うシングルマザー」として知られる女子ボクシング・吉田実代と7歳の長女・実衣菜ちゃん(撮影・喜島弘章)
Photo By 提供写真

 「母としての強さは、私が一番よく知っている」。5月30日に後楽園ホールで行われたWBO女子世界スーパーフライ級タイトルマッチ10回戦、王者として挑んだ吉田実代(34=三迫)。昨年6月に第1子を出産した挑戦者・小沢瑶生(37=フュチュール)との“ママ対決”に敗れ、世界女王の座を明け渡したが、その試合は自身のユーチューブチャンネルで生配信するなど、女子ボクシング界に新たな風を呼び込んだ。7月には渡米し、王座奪還へさらなる成長を見据える。現在と、未来への思いをスポニチアネックスに明かした。

 「戦うシングルマザー」の愛称で知られる吉田は08年、20歳でハワイに留学し、格闘技と出合った。キックボクシング、総合格闘技などを経て14年にプロボクシングに転向。その矢先に妊娠が発覚し、一時は競技から遠ざかった。

 結婚、出産、離婚を経てリングに戻り「ママになってもチャンピオンになりたい」という強い思いで17年10月に初代日本女子バンタム級王座を獲得。18年8月には東洋太平洋女子同級王座に輝き、19年6月にはWBO女子世界スーパーフライ級王座を獲得し、同12月に初防衛にも成功した。

 しかし今年5月、王座陥落の憂き目を見た。「産後復帰戦」の小沢に1―2の判定負け。吉田は「小沢選手がすごく悩んだと言っていて、悩んで悩んでやるって決めたということは、凄い覚悟を持っているはず、ということはわかっていた」と自身の過去を重ねた。

 この試合は、吉田が開設したばかりの自身のユーチューブチャンネルで生配信された。生配信をしようと決めたのは、家族への思いから。自身の“第2の故郷”である鹿児島・沖永良部島で暮らす祖母の渡辺昭美さんは90歳になる。「足が悪くて遠出ができなくなってしまっていて。頑張っている姿を島の人や多くの人に見てもらえたらいいなという思いで始めました」と多忙な中で新たな取り組みに挑んだ。対戦した小沢も生配信について、試合後SNSに感謝をつづっている。

 競技を続ける上で、吉田にかかるプレッシャーは勝敗だけではない。「復帰する時は“なんで今さらやるの”とか、半分以上はすごい冷ややかな視線だった。それはボクシングに限らず、他のアスリートの方でも仕事をしている方でも同じだと思うんです」と、育児と家事、仕事を両立するすべての女性が受ける生きづらさも感じている。

 「子供がいるんだから普通に就職しろとか、親がいなくて預け先がないから鹿児島帰ればとか、子供がかわいそうだとか。シングルマザーということも重なってしまったと思うのですが、そういう声もあって一戦も落とせないと思っていた」と心ない声も届いた。

 それでも競技を続ける理由は「やっぱり大好きだから止められない」という率直な思いから。「だんだん年をとってきて、終わりが近づいてきてると言う悲しさもちょっとある。ボクシングで娘を大学まで入れたい」と意気込んでいる。

 しかし「女子ボクシングってメジャーじゃないし、今は何とか周りのサポートのおかげでこうやって生活できるようになっていますが、危険度の高いスポーツなのにあんまり報われないというか…」と男子に比べて知名度や注目度が低いことを危惧。「アメリカとか海外だと女子ボクシングもちょっとはやっているので、日本でも競技の地位向上ができればなと思う。もう34歳なので、あと何年できるかわからないという思いもあります」と、タイムリミットが近づく中で国内での地位向上のため努力は惜しまない。5月30日の試合では、足立区の児童養護施設の子供たちを招待するなど、さまざまな取り組みを行っている。

 さらに“ママアスリート”として、働く母の地位向上も望んでいる。「“お母さんになったらお母さんに専念してください”という、どこかでまだそんな社会が残っている。昔に比べたら改善されているにしても、どうしても気を遣ってしまう」と現状を憂いながらも「お母さんでもお父さんでも、おじいちゃんでもおばあちゃんでも、一度きりの人生、やりたいことをやってもいいんじゃないかな。それを私が体現することができたら」と前を向く。

 競技、子育て、普及活動とフル回転する原動力となっているのが「誰かが“あの子もまあいろいろあったけど頑張ってるから私も頑張ろう”と思ってくれたら。たとえ1人にでも、そんな存在になれたら」という思い。“戦うシングルマザー”は、家族のため仲間のため未来への希望のため、これからも戦いを続ける。

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