獲物は世界“カエル”が跳んだ!輪島功一 腹をくくった失笑上等、酷評覚悟の変幻戦術

[ 2020年5月20日 05:30 ]

1971年10月31日、世界スーパーウエルター級タイトルマッチで“カエル跳びパンチ”を狙う輪島功一(左)
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 【Lega-scene あの名場面が、よみがえる。~ボクシング編~】昭和、平成の名場面をスポニチ本紙秘蔵写真で振り返る「Lega―scene(レガシーン)」。プロボクシング編の2回目は、70年代に世界スーパーウエルター級王座を3度獲得した輪島功一です。日本初の重量級世界王者にして、いずれもリベンジで世界王者に2度返り咲いた“炎の男”。しかし、初戴冠となった1971年(昭46)10月31日のカルメロ・ボッシ戦は、変則すぎるファイトスタイルが賛否を呼びました。

 歓声に再三、笑いが交じった。輪島がトリッキーな動きを見せるたびに観衆は沸き、王者はいら立った。しゃがみ込んで相手の視界から消え跳び上がって打つ“カエル跳びパンチ”。クネクネと体を揺すり拳を振り回す“八方破れ”。横を向いて気を引き次の瞬間に殴りかかる“あっち向いてホイ”には爆笑さえ起きた。

 60年ローマ五輪銀メダリストのボッシはジャブとカウンターを駆使する技巧派。25歳でプロデビューした叩き上げの輪島は「テクニックでは負ける」とかく乱に徹する腹を決めていた。極端な前傾姿勢から執拗(しつよう)なウイービングで的を外させ懐へ飛び込みながらピンポイントでヒット。クリンチを連発したボッシは体力を消耗し、終盤優勢の輪島がジャッジ泣かせの乱戦を2―1の判定で制した。

 「ボクシングにあらず」
 (評論家・郡司信夫氏)。

 「世界王者としては二流」
 (作家・寺内大吉氏)。

 場内の雰囲気に眉をひそめ酷評する関係者は少なくなかった。だが、練習前のウサギ跳びにヒントを得た“カエル跳び”のように短いリーチでも勝てる方法を常に探していた。

 一家離散で北海道から上京し牛乳配達、修理工ブルドーザー販売員などを経て出合ったボクシングに懸けた男の生きざまだった。

 ≪陥落しては王座に“カエル”その後も続けた変幻戦術≫輪島は2度の王座奪回劇でも“心理戦”を仕掛けている。7度目の防衛戦で15回KO負けしたオスカー・アルバラード(米国)との75年1月の再戦では、減量に苦しむ相手の目前でおでんとビールを口にしてみせ、判定勝ちで雪辱に成功。7回KO負けで王座を追われた柳済斗(韓国)との76年2月の再戦前には、マスクを常に着用して風邪を装い、15回KO勝ちでリベンジを果たした。また、ボッシ戦の一度だけと言われている“カエル跳びパンチ”は、他の試合でも披露している。

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