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秒殺の理由――WBA世界バンタム級タイトルマッチ

[ 2018年5月29日 09:00 ]

1R、ラッシュで王者をTKO。世界に3階級制覇をアピールする井上尚弥(撮影・長久保 豊)
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 【中出健太郎の血まみれ生活】井上尚弥が勝ってスッキリした。

 そして、ジェイミー・マクドネルが敗れてホッとした。英国人世界王者は前日計量では無茶な減量のため病人のようにやつれ、試合当日は12キロも体重を戻してリングに上がった。脱水症状がひどくなれば脳梗塞を引き起こすし、急激な水分摂取は心臓や腎臓に負担を強いる。どう考えても体に悪い調整法で勝たれ、それを自慢されるようでは、ボクシング界にいい影響は与えないと考えていた。プロモーターのエディー・ハーン氏は「99・9%のボクサーは彼と同じ減量に耐えることはできなかっただろう」とマクドネルを称えていたが、健康を害するようなやり方をまずは反省してほしい。

 担当記者たちは来日前から体重超過を懸念していた。減量苦で本来は階級アップするはずだったマクドネルには“決行”する条件がそろっていたからだ。同じハーン氏傘下のスコット・クイッグが3月、意図的と思われる体重超過で世界戦に臨み、敗れたものの、相手の顎を骨折させた事例も疑念を生じさせていた。井上が3階級制覇する特別な試合が「挑戦者が勝った時のみ新王者」などという変則タイトルマッチになるのは避けたかったし、何よりもケガをさせられるのが怖かった。

 来日後のマクドネル陣営も過剰反応だった。報道陣が体重を質問したのは公開練習の時だけ。誰が見ても明らかにバンタム級ではない体なのに答えをはぐらかしたので、「日本では最近、体重超過が問題になっている。だから聞いている」と説明したが、トレーナーが「マクドネルがオーバーしたことは一度もない」と却下。その後は調整に関する質問を一切受けつけなかった。必死で体重を落とした前王者には、疑ってごめんなさいと謝るしかないが、計量直前の健診をかたくなに拒否したのは、異常な数値を隠すためだったのではと推測できる(計量後、水分を摂取した後の健診でも血圧が89/69と脱水症状を示していた)。バンタム級で戦うのはとっくに無理で、そんな体で井上の前に立つべきではなかったし、計量の時点で勝負はついていた。

 その計量に大遅刻したのもいただけなかった。戦う2人が同じ時刻に同じ体重をつくるからこそボクシングは階級制スポーツとして成り立つと思う。自分の体重が落ちないからと言って1時間以上も待たせるのは、1回目の計量で失敗したのと同じではないか。もしも体重超過していたら再計量まで2時間の猶予が与えられ、当初の予定から3時間も長く体重を落とすことが可能だった。前日計量をいいことに大幅に体重を増やし、試合当日には体重差が広がっている矛盾も含め、イコール・コンディションに近づける努力を関係者が怠っていては、正直者が馬鹿を見るだけだ。

 マクドネル陣営は遅刻について井上陣営にわび1つ入れなかった。計量後、宿泊先に戻る車内で2度吐いた(水しか出なかったという)が、何事もなかったかのように車を降り、運転手に謝ったのはマクドネル夫人だけだった。井上が怒っていたのも事実で、父・真吾トレーナーは「30分や1時間待つのは何でもない。それよりも振り回されることにイライラしていた」と勝手な振る舞いを指摘し、「それがなければ、あんなに早く倒しに行かなかった。距離感が分かっても、もう少し様子を見ていたと思う」と明かした。112秒での決着には、それなりの理由があった。 (専門委員)

 ◇中出 健太郎(なかで・けんたろう)千葉県出身の51歳。スポニチ入社後はラグビー、サッカー、ボクシング、陸上、スキー、NBA、海外サッカーなどを担当。後楽園ホールのリングサイドの記者席で、飛んでくる血や水を浴びっぱなしの状態をコラムの題名とした。井上尚弥は間違いなく日本史上最強ボクサーなのに、大谷翔平らと比べて圧倒的に一般への知名度が低いのが不満。あっという間に試合が終わるので、テレビに長く映らないのが痛い。村田諒太ぐらいCMや宣伝に数多く出演してもいいのではないか。

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2018年5月29日のニュース