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疑惑の王者ネリ“シロ裁定”の背景…身勝手な論理は今後に悪影響も

[ 2017年11月7日 11:00 ]

8月のタイトルマッチでネリにTKO負けした山中
Photo By スポニチ

 他競技では考えられない裁定だろう。ボクシング世界王座認定団体の1つ、WBC(世界ボクシング評議会)が、筋肉増強効果のある禁止薬物ジルパテロールに陽性反応を示したWBCバンタム級王者ルイス・ネリ(22=メキシコ)に処分なしの結論を下した。同時に、8月15日にTKOで破った前王者・山中慎介(35=帝拳)と再戦交渉を行うよう命じた。

 WBCは出場停止などの処分を科さなかった理由を「意図的に薬物を摂取した確証が得られなかった」と説明している。ネリは山中戦前の7月27日、地元のメキシコ・ティファナで行われた抜き打ち検査でジルパテロールが検出されたことが8月22日に判明。しかし、摂取した牛肉とコンソメに成分が混入していたためと主張し、疑いを晴らすための権利であるBサンプル(予備検体)の分析も拒否した。WBCは検査が試合以外で行われたこと、違反歴がなく、来日後の検査が全て陰性だったことも踏まえて不問にしたという。

 基本的に、ドーピング違反を犯した選手は故意ではなくとも処分を受ける。成分が体内に入った経路を完全に明らかにするなど、意図的でないことを証明できれば処分期間が短縮されたりもするが、「つい、うっかり」の場合でも過失の責任を負う。今年2月には、唇の日焼け治療のために使用したリップクリームが原因で禁止薬物が検出されたノルウェーの女子スキー選手に対し、同国スポーツ連盟が13カ月の資格停止処分を科して論争になった。リップクリームはイタリアで購入した医師が処方したもので処分は厳しい感じがするが、アスリートには自身が摂取するものに細心の注意を払う義務がある。その選手に関しては、逆に処分が甘いと国際スキー連盟(FIS)がスポーツ仲裁裁判所(CAS)に提訴し、処分期間が18カ月に延長されたため平昌冬季五輪に出場できなくなった。

 ネリから検出されたジルパテロールは家畜の肉質を改善するため飼料に混ぜられる物質で、人体に悪影響があるためWADA(世界反ドーピング機関)から禁止薬物に指定されている。メキシコでは2011年、同じような禁止薬物クレンブテロールがサッカー選手から相次いで検出され、WADAが“汚染牛肉”の存在を指摘。メキシコで開催される大会に参加する各国に、食事に注意するよう呼びかけていた。同国(ネリにとっては地元)で牛肉を食べる際には神経質になるべきで、「間違って摂取した」は言い訳にはならない。

 10月にアゼルバイジャンのバクーで開催されたWBC総会では、ネリを処分すればWBCが本部を置くメキシコの食肉産業に支障が出る、他のスポーツにも影響を及ぼす、と主張する声があったと聞く。いずれも反ドーピングに後ろ向きな、身勝手な論理だ。また、禁止薬物を摂取していた時期に強化した肉体は、摂取をやめてもある程度の期間は維持することが可能とされる。試合直前の検査が全て陰性だったから影響なし、では済まされない。これまでの例から見てもWBCはメキシコ人選手の薬物違反への処分が甘く、今回もネリをかばうための結論と取られても仕方がない。

 山中との再戦指令も、ネリが限りなくクロに近いグレーと認めた上での“妥協案”に見える。山中も再戦に前向きで、受け入れられると踏んだのだろう。問題があるので再戦を命じるというのなら、8月の対戦を無効試合として山中を王座に復帰させ、ネリに一定期間の出場停止処分を科すべきだ。今回をモデルケースに“無実”を主張する選手が増える可能性もあり、今後への悪影響が懸念される。(専門委員・中出 健太郎)

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2017年11月7日のニュース