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大仁田 青柳と“最後の電流爆破デスマッチ”「名古屋を乗り越えなければ後楽園はない これも運命」

[ 2017年10月26日 16:38 ]

握手をかわす大仁田厚(左)と青柳政司      
Photo By スポニチ

 29日に名古屋国際会議場で開催される「さよなら大仁田 最後の電流爆破 in 名古屋」で“最後の電流爆破デスマッチ”を闘う大仁田厚と青柳政司(誠心会館館長)が健闘を誓い合った。大仁田と青柳が26日に東京・千代田区のプロレスショップ「闘道館」で記者会見を開き、最後の戦いに向け、思いのたけをぶちまけた。同大会で大仁田はKAIと組み、青柳、ミノワマン組と異種格闘技ランバージャック電流爆破デスマッチで激突する。

 大仁田と青柳は1989年7月2日に後楽園ホールで開催された「格闘技の祭典」で初対決。青柳は大仁田のイス攻撃で大流血に追い込まれ、両軍のセコンドが入り乱れた大乱闘に発展。この戦いがきっかけとなり、大仁田はFMWを設立した。同10月6日の名古屋・露橋スポーツセンター、同8日の後楽園での旗揚げ2連戦で2人は激闘を展開。一連の戦いは後に語り草となるほど伝説として残っており、青柳の存在なくしてFMWの成功はなかった。その後、FMW、超花火マットで電流爆破戦も戦った両者だが、初対戦から28年余の年月が経ったとあって、もはやわだかまりなどない。

 終始にこやかな表情で会見に臨んだ両者だが、青柳がリングに戻るまでの道のりは平坦なものではなかった。2015年5月、バイク事故で右膝から下の36箇所を複雑骨折し、一時は右足切断の危機もあった。しかし、不屈の闘志と「もう1度大仁田を蹴りたい!」との思いでリハビリに励んだ青柳はようやく自力歩行できるまで回復。昨年からは「魔世軍総裁」として、ファイヤープロレス、リアルジャパン・プロレスのリングで、悪徳マネジャーとしてらつ腕を振るってきた。

 だが、試合をするのは事故後初。既に15年10月にはプロレスリング・ノアのリングで引退式も行っており、この日が“一夜限定復帰”。当然ドクターストップがかかっており、担当医からは「右足で蹴ったら再度複雑骨折する可能性あり」と断言されている。それでも、青柳は「大仁田さんがいたから今の自分がいる。初対戦から約30年、人生の半分くらい経つ。離れていた時期もあったけど、頭の中には常に大仁田さんのことがあった。最後の名古屋となれば相手は僕しかいないでしょ。引退の花道に僕の右足を贈ります。リングに上がる以上、右足で蹴ることを考えています」と覚悟のコメント。

 大仁田は「28年前にFMW旗揚げのとき、名古屋で青柳館長と対戦して、2日後に後楽園があった。不思議なもので、今回も名古屋の2日後に後楽園がある。名古屋を乗り越えなければ後楽園はない。これも運命。リングに上がったら敵同士。右足がバラバラになっても仕方ないですよ」と決意。青柳は総合格闘家のミノワマンという強力なタッグパートナーを帯同するが、「彼は岐阜の出身で、昔、空手をやっていて、ボクが主催する大会にも出てたんです。格闘家だけど心はプロレスラー」と話した。

 当日は電流爆破バット3本が用意され、青柳は電流爆破レガースを着用するという。初対戦から実に約29年の月日を経て、大仁田と青柳の戦いが10・29名古屋で完結する。

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2017年10月26日のニュース