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旬を逃すな――WBO世界スーパーフライ級タイトルマッチ

[ 2017年9月16日 09:30 ]

井上尚弥(左)はニエベスを圧倒した(撮影・田中哲也通信員)
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 【中出健太郎の血まみれ生活】 場内は静かだった。井上尚弥がジャブとともに「シュッ」と口から漏らす音、相手ボディーを激しく叩く音、セコンドの指示もはっきりと聞こえる。日本から駆けつけた後援会メンバー以外の観客は、じっとリングを見守っている。1つ前のエストラーダ―クアドラスというメキシカン対決で大盛り上がりを見せたロサンゼルス近郊のスタブハブ・センターには、井上―ニエベスという“新顔”同士のセミファイナルでメインの前に一息入れよう、といった雰囲気が漂っていた。

 静かだった分、観客は米初見参の井上の強さをじっくり確認することができた。5回にやや角度を変えた左ボディーでダウンを奪うと、この試合一番の歓声。守り一辺倒のニエベスを「来いよ」とばかりに挑発した6回のパフォーマンスも分かりやすく、ファンの心をつかむには最適だった。ただ、あまりに一方的な展開で、さらに棄権という終わり方だったため、井上が目指していた「インパクトある勝ち方」にはならなかった。メインのWBC世界スーパーフライ級タイトルマッチ、シーサケット―ローマン・ゴンサレスも衝撃の結末を迎え、結果的に井上の試合は目立たなくなってしまった。

 約7400人が詰めかけた屋外テニスコートの観客は、野球のニカラグア代表のユニホームなどを着たロマゴンの応援団が約半分。数ならクアドラス、熱さならエストラーダが上だったメキシコ系の観客はもちろん、前座に登場した元2階級制覇王者ブライアン・ビロリアに声援を送るハワイアンの集団も目立っていた。だが、クリーブランドが地元のニエベスはカリフォルニアでは無名の存在で、大応援団もいない。米国人相手ながら、井上にとってアウェー感を体験する場とはならなかった。2ラウンドに残り10秒の拍子木を終了と勘違いしてコーナーへ戻りかけた以外、戸惑うような部分もほぼ見られなかった米デビュー戦。海外でのセコンドワークや日本と異なる環境での最終調整など収穫もあっただろうが、今回は「顔見せ」の機会だったことを割り引いても、せっかく米国まで来たのにもったいない、と感じざるを得なかった。

 一番の理由は、米プロモーター側が用意した挑戦者の実力にある。「SUPERFLY」という興行名にふさわしく、ビロリアも含めてスーパーフライ級の試合はどれも濃い内容だったが、井上―ニエベスだけがミスマッチに近かった。振り返えると、ナルバエスを2回で仕留めた2階級制覇以後、井上は勝つか負けるか分からないレベルの相手との対戦に恵まれていない。力の接近している相手と激闘を繰り広げている周囲に比べ、いざビッグマッチを迎えた際に実力以上のモノを出す感覚が鈍るのでは、と心配になる。

 井上は既に24歳で、もう若手ではない。貴重な時間を無駄にしないよう、今後は年間2戦のペースにして、米国を主戦場とする「ビッグマッチ路線」へ行ってもいいのではないか。選手としての“旬”をとっくに過ぎた元4階級制覇王者、ロマゴンがリング上で大の字になったのを見て、そんなことを考えた。 (専門委員)

 ◆中出 健太郎(なかで・けんたろう) 2月に50代へ突入。スポニチ入社後はラグビー、サッカー、ボクシング、陸上などを担当。個人的には今回見たエストラーダ―クアドラスが年間最高試合候補。クアドラスはロマゴンに微妙な判定で敗れた試合以来のキレキレのパフォーマンス。それを突き破ったエストラーダの絶妙なカウンターにもしびれた。ただし、どちらと戦っても井上はフィジカルとパンチ力で押し切れると感じた。

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2017年9月16日のニュース