札幌でベルトを奪ったタイ人が参謀として横浜に帰ってきた件

[ 2016年9月9日 08:40 ]

井上尚弥に挑戦するペッチバンボーン(右)とチャチャイ・トレーナー

 【中出健太郎の血まみれ生活】これは早い回でのKO決着になるかもしれない。公開練習を見た報道陣は、ささやき合った(正確に言うと声高に話していた)。WBO世界スーパーフライ級王者・井上尚弥(大橋)に挑戦するペッチバンボーン・ゴーキャットジム、31歳。過去には河野公平(ワタナベ)や石田匠(井岡)に敗れるなど来日戦績は1勝4敗。その後は16連勝中で世界初挑戦を迎えたが、試合5日前に横浜市内で公開された練習ではパンチ力がなさそうに見えた。際だった特徴も見られず、早々と井上尚に倒されてしまうのでは、との見方が大勢を占めた。

 「面白い試合になると思う。今回初めてついたが、彼にはアドバイスを受け入れてすぐに直せる力がある。ボクシングのスタイルは直していないが、頭のいい戦い方をするのがいいところだ」。傍らのトレーナーが、誇張するわけでもなく、淡々と説明する。チャチャイ・サーサクン氏、46歳。懐かしい。かつてチャチャイ・ダッチボージムのリングネームで勇利アルバチャコフ(協栄)に2度挑戦。初戦は判定負けしたものの、再戦では判定で快勝し、勇利が9度防衛していたWBC世界フライ級王座を奪い取った。再戦は97年11月12日、札幌・月寒グリーンドーム(施設老朽化のため今年3月で閉鎖)。ボクシング担当だった記者は、日本のジムから世界王者がゼロになった瞬間に立ち会った。

 勇利は前年の渡久地隆人戦で右手中指を骨折。これが14カ月ぶりのリングだった。一方のチャチャイは勇利不在の間に暫定王者となり、2年前にプロ初黒星をつけられた相手に王座統一戦で雪辱を狙っていた。会見ではタイの報道陣が「負けたあとのプランは?」と勇利を挑発。チャチャイは前日計量で若干オーバーしたが、その場で軽く15回ほどジャンプしてリミットにぴたりと合わせた。試合では左のガードを高く上げ、勇利必殺の右をブロック。距離を詰めるとボディーを打ち込み、ブランクがある相手の戦意を削いだ。5回にはカウンターの左フックで勇利をぐらつかせ、終了ゴングを待たずとも勝敗は明らかだった。

 スラム街育ち。拳だけでのし上がった青年は19年後、すっかりオッサンの風貌になっていた。勇利から奪ったベルトは98年、あのパッキャオ(フィリピン)にKO負けして失った。その後もブランクをつくりながら現役を続け、08年には敵地で2階級制覇に挑戦して3回TKO負け。引退して2年前にフィットネスジムを開き、有名選手が調整に訪れるほか、大きな試合では臨時コーチとして声がかかるという。今回はペッチバンボーンの父親の要請で、2カ月前にトレーナーに就任。パンチをシンプルに出せるように修正を施して井上尚に挑ませた。

 試合前の予想は外れた。結果は10回KO負けだったものの、チャチャイ氏の“弟子”は試合を面白いものにした。ガードをしっかり固め、体を微妙にずらして強打によるダメージを軽減し、ひるまずにボディーやカウンターを王者に放つ勇敢な戦いぶり。大橋ジムの大橋秀行会長に「点差以上に苦しい戦いだった」と言わしめ、チャチャイ氏は「倒れるとは思わなかった」と真顔で話した。残念ながら、自身のような再戦はなさそう。でも、世界戦のセコンドで指示を送る姿をまた見タイ。(専門委員)

 ◆中出 健太郎(なかで・けんたろう)1967年2月、千葉県生まれ。中・高は軟式テニス部。早大卒、90年入社。ラグビーはトータルで10年、他にサッカー、ボクシング、陸上、スキー、外電などを担当。16年に16年ぶりにボクシング担当に復帰。リングサイド最前列の記者席でボクサーの血しぶきを浴びる日々。

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