最後はヘビー級…元暫定世界王者・石田順裕が現役引退を発表

[ 2015年6月19日 20:20 ]

引退表明した石田(右)とグリーンツダジムの本石会長

 プロボクシングの元WBA世界スーパーウエルター級暫定王者の石田順裕(39=グリーンツダ)が19日、大阪市内のジムで現役引退を発表した。「プロは2敗したら、やめるつもりだった。15年間も続けるとは思ってなかった。暫定だけど世界チャンピオンになれたし、誰もやってない面白いことができた」。涙はなく、すっきりした笑顔で振り返った。

 小6で入門した大阪帝拳には世界奪取前の辰吉丈一郎がいた。のちのカリスマにタメ口をきいたわんぱく少年は大阪・興国高で本格的なキャリアをスタート。高1ではフライ級だったが、21歳まで身長が伸びて1メートル88に到達。軽量級の技巧とスピードを備えた中重量級選手に成長した。プロ転向後6連勝で東洋太平洋スーパーウエルター級王座を獲得。ただ、天才肌で慢心があった。以後は日本・東洋太平洋王座戦で5連敗。三十路に入った06年から、ようやくロードワークを日課とし、09年8月にWBA世界同級暫定王座を獲得。34歳での世界獲得は日本歴代2位の年長記録だった。

 海外で挑んだミドル級で本当の輝きを放つ。11年4月に米国ラスベガスでのカークランド戦。27戦全勝24KOの強豪に1回TKO勝ち。逆ワンツーで2度、とどめにワンツーで3度目のダウンを奪った。米国スポーツイラストレイテッドのアップセット(番狂わせ)オブ・ザ・イヤーを受賞するなど世界的な激戦区階級で存在をアピール。ロシアでWBO王者ピログ、モナコでWBA王者ゴロフキンに挑んだ。「ゴロフキンに勝とうと思って1ラウンドからガンガン前に出た。そのことは誇りに思う」。12年ロンドン五輪ミドル級金メダリストでプロ転向した村田諒太(帝拳)との対戦を熱望しながら、実現しなかった。ここで方針転換し、現役終盤で「面白いことをやりたい」とミドルより4階級重いヘビー級に進出。今年4月に日本タイトルを懸けた再戦で王者・藤本京太郎に判定負け。これが最後の試合となった。

 「たくさんの人に応援してもらった。これからは恩返しで、面白いことをやりたい」。今後は自分が育った大阪府寝屋川市でアマチュアジムを開く。飲食店経営、ソーシャルメディアを活用した情報発信にも興味を持ち、第2の人生でも奮闘を誓う。

 ▼石田 順裕(いしだ・のぶひろ)1975年(昭50)8月18日、熊本県玉名郡生まれ、大阪府寝屋川市育ちの39歳。興国高―近大。児童施設職員として働きながら社会人選手権ライトミドル級で優勝。アマ戦績は101勝15敗。00年5月にプロデビュー。01年3月に東洋太平洋スーパーウエルター級王座獲得。06年12月に日本同級王座を獲得して2度防衛。09年8月のWBA世界スーパーウエルター級暫定王座決定戦で判定勝ち、世界初挑戦で獲得。初防衛後に10年10月の正規王座決定戦で敗れた。11年4月に米国ラスベガスで強豪ジェームス・カークランド(米国)を1回TKOで下し、世界再挑戦のきっかけをつかむ。JBCに引退届を提出して臨んだ12年5月のWBO世界ミドル級王座はピログ(ロシア)に判定負け。JBC復帰して臨んだ13年3月のモナコでのWBA世界ミドル級王座はゴロフキン(カザフスタン)に3回TKO負け。その後、ミドルより4階級重いヘビー級にも挑戦。プロ戦績は27勝(11KO)11敗2分け。1メートル88の長身を生かす技巧派の右ボクサーファイター。

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