先輩・内藤に続くポンサク討ちならず…粉川「また一から」

[ 2011年7月2日 06:00 ]

判定で敗れ涙ぐむ粉川

WBC世界フライ級タイトルマッチ12回戦 ○王者・ポンサクレック(タイ) 判 定 挑戦者・粉川拓也(宮田)●

(7月1日 タイ・ハジャイ)
 プロボクシングのWBC世界フライ級タイトルマッチは1日、タイ・ハジャイの屋外リングで行われ、挑戦者・粉川拓也(26=宮田)はボディーから攻め込まれ、最大8点差の0―3で判定負けした。粉川は同級の元王者で宮田ジムの先輩、内藤大助(36)に続く王座奪取に失敗。王者ポンサクレック・ウォンジョンカム(33=タイ)は4度目の防衛に成功した。

 王者の手が上がった瞬間に粉川は泣き崩れた。8回終了時のオープンスコアは1人が6点差で2人が4点差。いずれも王者が勝っていた。終盤で圧倒するしかない状況の中「全てのスタミナを使い切った」。初めて12回をフルに戦い抜くと立っているのがやっとだった。「会長すいません。本当にすいませんでした。内藤さんがやった時より(ポンサクレックは)強くないはずなのに。悔しいっす」。大粒の涙がグローブにこぼれ落ちた。

 序盤は宮田会長の指示通り攻勢を仕掛け王者を慌てさせた。だがベテラン王者に徐々に動きを読まれた。4回左ボディーで足が止まり、8回に左ストレート2発を浴びてグラつくと、最終12回には王者の狙いすましたパンチが当たり、ダウン寸前まで追い込まれた。

 定時制高校を2年で中退し、仕事漬けとなった。刺激を求めて宮田ジムに入門した。「雰囲気が良くて居心地もいい」から続けたボクシング。いつしか東洋太平洋王座を獲得し、内藤が防衛戦で苦戦した熊朝忠(中国)に勝った。「まさか自分がポンサクとやるとは」。5月上旬に世界初挑戦が決まると、仕事を初めて休職してこの日に懸けてきた。

 桃子夫人(21)との間に長男・力一(りいち)くん(5カ月)が生まれ手狭になった1K9畳のアパート。「世界チャンピオンになってマイホームを買ってほしい」という愛妻との約束が、粉川を再びリングに向かわせる。

 ◆粉川 拓也(こがわ・たくや)1985年(昭60)4月5日、東京都墨田区生まれの26歳。中学2年で江戸川区内のジムに入会するが1週間で退会。18歳で宮田ジムに入会し本格的にボクシングを始める。05年6月のプロデビュー戦で4回判定勝ち。10年10月、東洋太平洋スーパーフライ級王座獲得。通算17勝10KO2敗。1メートル65・0。右ボクサーファイター。

 ▼元WBC世界フライ級王者・内藤大助 不慣れな敵地でよく頑張ったと思います。もっと練習とキャリアを積んで、また挑戦してほしい。

 ▼宮田ジム・宮田博行会長 作戦通りよく頑張ったが、相手が一枚上だった。世界を目指しているので再起させたい。
 

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