山本浩二監督「我が道」特別版

第21回 センターから見た「江夏の21球」

[ 2013年2月19日 06:00 ]

守護神の江夏豊(右)に駆け寄る三村敏之(左)、衣笠祥雄(中)ら歓喜のカープナイン

 古葉竹識監督の野球が浸透し、投打ともに戦力が充実した1979年(昭54)。カープは4年ぶり2度目の優勝を飾った。

 10月6日の広島市民球場。阪神を4―3で破り、本拠地で初の胴上げ。歓喜の瞬間、マウンドには江夏豊が立っていた。前の年に南海(現ソフトバンク)から移籍してきた絶対の守護神である。

 カープ2年目のこの年は9勝5敗22セーブ、防御率2.66。今のような1イニング限定じゃない。55試合に登板して投球回数は104回2/3。7回から登板して最後まで投げ切ることもあった。

 2歳年下だが、プロ入りは向こうが2年早い。私がプロ入りした69年にはすでに阪神のエース。ブチ(田淵幸一)とのコンビは「黄金バッテリー」と呼ばれた。

 初めて対戦したときは驚いた。低めの球が浮き上がってくる。低いと思って見送ったらホップしてストライク。振りにいったらもうキャッチャーミットに入っている。打てる気がしなかった。

 プロ野球ってすごいなと思ったのは日南キャンプ中の紅白戦で初球、胸元にうなるような球を投げてきた先輩の外木場義郎さんと江夏の2人だった。

 その左腕は南海で野村克也監督と出会って抑えに転向。カープに来たときには往年のスピードはなかったが、速く見せる技術、コントロールはさすがだった。究極の技を見せてもらったのは近鉄との日本シリーズだった。

 3勝3敗で迎えた第7戦(大阪)。江夏は4―3の7回2死一塁から登板。1点リードを守ったまま9回を迎えた。

 この回先頭の羽田耕一の打球が私の前に転がってきた。中前打。代走・藤瀬史朗は続くクリス・アーノルドの1ストライク2ボールからの4球目に走った。水沼四郎の二塁送球がそれて一挙三塁へ。アーノルドを歩かせると、その代走・吹石徳一も二盗を決めた。無死二、三塁。広島ベンチは平野光泰を歩かせ、満塁策を取った。

 腹をくくった。同点までは仕方ない。いかに二塁走者の生還を阻止するか。1球1球に集中した。代打・佐々木恭介は三振。1死満塁となって石渡茂、初球ストライクのあとの2球目だった。

 江夏が腕を振りだそうとする瞬間、水沼が立った。左投手に三塁走者は見えない。捕手の動きでスクイズと察知した江夏はカーブの握りのまま外角高めに外した。

 投球を追いかけるようにバットを出した石渡は空振り。慌てて三塁へ戻る藤瀬を水沼が追いかけてタッチした。2死二、三塁。石渡は最後、カーブを空振り三振。初の日本一達成の瞬間である。

 私自身は23打数3安打2打点と絶不調。本拠地では試合終了後に特打ちをしたが、最後まで調子を取り戻せなかった。

 反省の多いシリーズだったが、センターから見た「江夏の21球」は今も脳裏に焼き付いている。

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