下柳剛のシモネタ発見

ソフトボール「下柳剛ドリームカップ」は9回目 子どもたちに伝えたいこと

[ 2015年11月30日 05:30 ]

 1週間のご無沙汰です。みなさん、いかがお過ごしでしょうか。どうも、下柳です。

 この原稿を書いている28日土曜日は、午前中から関西大学へと足を運んできた。え?って思ったスポニチアネックス読者の方もおられるやろうけど、その日は学生野球資格回復NPB研修会へ行ってきました。実は昨年も行きたい気持ちはあったんやけど、スケジュールの面でどうしても都合がつかなくてね。今回は満を持してというか、いろんな話しを聞くことができた。

 オレ的にとても新鮮だったのは、関西大学の学食でランチをしたことかな。メニューはね、カツカレーをいただきましたよ。値段はもちろん安いし、味も最高!何よりオレは社会人・新日鉄君津に3年間在籍したこともあって、ああいう食堂の雰囲気が大好きなんだよね。だから、関西大学でも迷わず学食を選んだよ! このプロアマ問題についてはオレなりにいろいろと思うところがあるから、また別の週で書かせてもらおうと思う。同じ書くにも、すべての研修が終わってからの方が良いだろうし。

 その研修が終わってからは、慌ただしく長崎へ向かったよ。ご存じの読者の方もおられると思うけど、先週22日から、大会会長を務めさせてもらっている長崎少年ソフトボール選手権大会「下柳剛ドリームカップ」が開幕していてね。その決勝トーナメントが29日にあったから。この原稿が更新されている30日月曜日には、結果も出ているんやけど、予選を見ただけでも間違いなく年々レベルが上がっている。うれしい限りだよね。

 というわけで、今週はソフトボール大会に対する思いを書かせてもらうことにしますわ。オレがまだ現役で阪神に在籍していた2007年からスタートしてね。第1回は午前6時すぎにはグラウンドへ出て、オレも白線を引いたりしたよ。それも懐かしい思い出やね。

 早いもので、今年がもう9回目。いよいよ来年は記念すべき10回大会を迎える。始めた当初からこの「10」というのを、目標に掲げてきた。時には「そんなん無理やろ」という声が聞こえてきたこともあったけど、母校・瓊浦のOBをはじめたくさんの方々の協力があって、ここまで来られたと思っている。改めてにはなるけれど、この場をお借りしてスタッフ、関係者の方々には感謝の気持ちを伝えたい。

 今回の9回大会には壱岐、五島、対馬という離島から遠路はるばる駆けつけてくれた11チームも加え、参加は過去最多となる52チームやった。この数字だけでも、本当にありがたいと思う。中にはチームのほぼ半数が女の子というところもあった。男子顔負けのプレーを随所に見せてくれて、オレ自身もたくさん勉強させてもらうことができた。

 参加してくれている子どもたちに何より伝えたいのは、夢の実現に向けてあきらめず、努力してほしいということです。瓊浦高時代、厳しい練習に明け暮れて、毎日のように「もう野球を辞めたい」と思ってた。でも、その都度、プロ野球選手になるという夢をかなえたくて、歯を食いしばっていたよね。プロ入り後もなかなか1軍定着を果たせず苦しかったけど、それでも今度は「1軍で活躍する」という目標を掲げて練習を繰り返してきた。1軍に定着してからは目標を「勝てる投手」に上方修正したし、その積み重ねがあったからこそ最多勝やリーグ優勝へたどり着けたと思う。

 みんなもこの先の人生で大きなチャンスが巡ってくるでしょう。でも、そのチャンスは何度も何度も訪れない。数少ないチャンスをしっかりとつかめるよう、目標を立て準備を怠らず、やるべきことを継続してほしい。最後になりましたが、いつの日か、この大会の参加選手からプロ野球選手が誕生することを期待したいよね。では、また来週、会いましょう!

 

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