下柳剛のシモネタ発見

トライアウト後に膝の激痛「もう、グラブを置け」体が発したメッセージ

[ 2015年9月25日 05:30 ]

 1週間のご無沙汰です。どうも~下柳です。ついこの前までは外を歩けば汗だくになっていたのに、夜になれば肌寒さも感じる今日この頃ですな。

 秋…。シーズンも終盤にさしかかり優勝争いが白熱する時期である一方で、プロ野球界にとっては寂しい季節でもある。来季へ向けた編成会議が行われ、10月に入れば戦力外通告も行われる。そう、別れの季節でもあるんだよね。

 楽天から戦力外通告を受けて、もう3年になるんやね。でも、オレの気持ちは簡単には切れなかった。なぜなら、まだやり残したことがあったから。それは、メジャーへのトライアウト挑戦。今回はその当時の心境や、ちょっとした裏話を書いてみよう。

 選手時代の晩年、オレは「会社が思うような評価をしてくれない」とこぼしたサラリーマンに対し、以下のように答えたことがあった。

 「自分に自信があれば辞めたらいい。それができないんやったら、格好悪いからそういうことは言わない方が良い」と。

 それとは別に「体が小さくて弱いから、僕はもう野球を辞めたい」と弱音を吐く子どもに対しては、「辞める理由より続ける理由を見つけて頑張ってほしい」とコメントしたことがあった。

 今だから言えるけど、ある球団からはコーチ就任の要請をもらっていたし、体の方もボロボロやった。当時44歳。それでもオレが新たな挑戦を決意したのは、自分が吐いてきた言葉に責任を持たないといけない、と感じたからや。言い換えれば、トライアウトを受験することはオレが野球を続けられる理由そのものでもあった。

 それからは自主トレでずっとお世話になっていた奄美大島で黙々とトレーニングに励んだ。立派な球場設備を借りることができたのも、知人の方のご厚意があったから。サプライズで矢野(燿大)ちゃんがブルペンでの投球を受けに来てくれたこともあった。

 出発前には成田空港へ友人、知人が集まってくれて。しばらく食べられないから、と昼食は和食にしてね。出発ロビーへ向かう直前、涙ながらに握手を求めてきた人もいた。そういう気持ちが本当にうれしくてね。ただただ、感謝やった。

 渡米後にはトレイ・ヒルマン元日本ハム監督や日本でも有名なトミー・ラソーダ元ドジャース監督も視察に来てくれた。ところが…。トライアウト当日に、とんだハプニングが待っとった。

 投手、野手とも生き残りをかけた実戦形式での真剣勝負をやるはずが、オレとバッテリーを組んだキャッチャーはこんな風に耳打ちしてきた。

 「すまん。オレは変化球が捕れない。頼むからフォークは投げないでほしい…」

 唖然呆然とは、このことを言うんやろう。マウンドで突きつけられた、非情な現実…。急造バッテリー、それもトライアウトの受験生同士ゆえの悲劇やった。とはいえ、落ち込んでいる場合やない。オレはストレートの緩急だけで、何とか打者を抑えた。

 でも、誤算がもう一つあった。審判がいない。だから、オレ自身でボールカウントを記憶する必要があった。2ボール2ストライクから、わざと外した5球目。さあ、フルカウントで勝負となるはずが、球審役のチームスタッフからこれまた驚きの一言が発せられた。

 「フォアボール」

 そう、日本ではストライクのはずの1球がボールと判定されていて、チームスタッフの中では3ボール1ストライクからの5球目だったのだ。

 そんなこんなで受験を終えて、日本へ帰国。それから数日後に思わぬ事態に陥った。左肩と膝を襲った激痛。投げることはもちろん、歩くことさえもままならなかった。

 ベッドでうめいていたその時、電話が鳴った。なんと米独立リーグからの誘いやった。でも、こんな状態で野球ができるはずもない。「申し訳ありませんが、契約できません」と言い、その瞬間、オレの野球人生は幕を閉じたのだった。

 「もう、グラブを置きなさい」

 今にして思えば、自分の身体が発したメッセージやったんやろう。引き際は、身体が教えてくれたということやね。では、また来週、スポニチアネックスでお会いしましょう!

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