下柳剛のシモネタ発見

野球にも人生にもセオリーなんてない!決めつけないことが大切

[ 2015年8月17日 05:30 ]

12年10月、阪神・金本の引退試合に駆けつけた下柳氏(左)と矢野氏
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 1週間のご無沙汰です。スポニチアネックス読者のみなさん、ご機嫌いかがですかな? どうも、下柳です。

 オフィシャルサイトにも書かせてもらったんやけど、さる8月9日は長崎に原爆が投下されてちょうど70年となる一日でした。被害者のご家族、ご遺族、二世の方々には忘れられない日だと思います。これからも平和でいられるために、我々が頑張らねばなりません。そんな風に、改めて思った一日でした。

 夏の甲子園に目を向けると、長崎代表の創成館も頑張ってくれたよね。初戦で強豪の天理にサヨナラ勝ち。2回戦で健大高崎に敗れてしまったけど、終盤までがっぷり四つの展開やった。創成館のみんな、お疲れさんでした!

 さて、今週は「常識を疑え」というテーマで書かせてもらうことにしますわ。読者のみなさんも常識、あるいはセオリーといったものを無条件に信じ切っていることはないでしょうか? 野球にも、そういう固定概念というか「かく、あるべし」みたいなものがいくつもあるわけ。例えば「変化球は必ず低めに制球しなければいけません」というようなね。

 でも、ちょっと待ってみてほしい。こちらとしてはありとあらゆる手を尽くし、相手バッターもオレが投じるスライダーに的を絞っているのは見え見え…。それでも、スライダーを投げなければいけない場面に、出くわしたことがある。

 セオリーからすれば、オレが投げるべきスライダーは「低め」に制球しなければいけなかったんだろう。でも、オレは、そのとき、ハタと思った。

 「打者も狙っているであろうスライダーを、セオリー通り低めに投げたら打たれるやん。そもそも、誰が“変化球は低めへ”なんて決めたんや。打者の頭にはない高めのスライダーが有効かもしれん…」

 オレはセオリーの低めではなく、自らの意志で、高めを狙ってスライダーを投じた。結果は…。見事なまでの空振り三振。おそらくバッターの頭にはない、高さやったんやろうね。そのときに初めて「あぁ、バッターの打ち取り方に正解なんかなかったんやな」と知ることができた。

 それからというもの、セオリーや常識というものにとらわれることなく、高めでも有効に使える球種があるかもしれない…と考え、試行錯誤を重ねた。そのおかげで、投球の幅は格段に広がったよね。もちろん、矢野(燿大)という良きキャッチャーにも恵まれて。2人でいろんなことを試したよね。

 つまり、決めつけないことが何よりも大切で、常識やセオリーに縛られてしまうと、自らの可能性を狭めてしまうことになる。常識やセオリーは時に、道を妨げることもあるわけよ。

 オレにも経験がある。瓊浦高校の時やった。ある時、親戚の人から将来の職業について聞かれた。オレが「プロ野球選手」と答えると、即座に「やめとかんね。なれるわけがなかけん」と言われてしまった。

 確かに、大人の側からすれば、そうも言いたくなるよね。最終的に長崎県出身でオレと同学年のプロ野球選手は、オレを含めてたったの2人。野球人口から考えれば、親戚の「やめて勉強せんば」と意見は正しい。確率論から考えてもね。

 でも、オレは思う。本当に好きなことのためならば、時には常識を疑うことも必要だし、夢を叶えるための王道なんてあるはずがない。八幡大を中退して、拾ってもらった社会人・新日鉄君津での3年間は死にものぐるい。血尿が出るまで、ぶっ倒れるまで、練習したからね。学びの極意は、決めつけないことにあると思う。では、また来週お会いしましょう!

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