下柳剛のシモネタ発見

上原のフォークを打った!プロ13年目の初安打、初打点の想い出

[ 2015年6月20日 05:30 ]

2003年4月14日、巨人・上原から中前にプロ初安打を放つ阪神・下柳
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 1週間のご無沙汰です。どうも~、下柳です。スポニチアネックス読者のみなさん、いかがお過ごしですかな。

 前回もちらっと高校野球の話題を書いたけれど、この原稿を執筆している19日は故郷・長崎県大会の抽選日でした。我が母校・瓊浦は14日(予定)にある初戦で鎮西学院と対決することが決定。前評判ではNHK杯優勝の創成館、昨夏覇者の海星、春の県大会優勝校・佐世保実などが優勝候補のようやけど、瓊浦も夏に強い伝統校の意地を見せて頑張ってほしいね。

 さて、今回は初ヒット、初打点の思い出を書くことにするわ。もちろん、パ・リーグに在籍していたダイエー、日本ハム時代は打席に立つことは一度もなかったからね。今と違って、当時はセ・リーグとの交流戦もなかったし。2003年のシーズンやから、プロ13年目か。忘れもせん、東京ドームの巨人戦(4月13日)やった。

 その試合は阪神で2度目の先発やってね。相手は上原やった。本業の投球の方では2、3回とペタジーニ、二岡にソロ本塁打を打たれ1点ずつ失って。1点を追う4回2死一、三塁の場面で、この試合2打席目が回ってきた。

 やっぱり、打たれて点を取られていた分、必死やったね。食らいつく、というのは、まさにあのこと。上原が投じたフォークボールに、何とかバットを当てたよ。フラフラッと打球がセンター方向へ上がって。

 「頼むから、落ちてくれ~」

 そう思いながら、懸命に走った。オレの願いは通じたのか、センター前に落ちるポテンヒット! プロ初ヒットを記録すると同時に、プロ初打点というオマケもついた。今回、執筆するに当たってスポニチの担当記者からは「狙って打ったんですか?」と聞かれたけど、まさか、まさか。上原のフォークなんて、狙っても当然、打てっこない。ほんまにまぐれ。というか、まぐれ以外の何物でもない。これだけは、自信を持って言えるよ(笑)。

 プロ13年目ということを書いたけど、実は社会人の新日鉄君津でもDHが採用されとったから、君津での3年間も一切打撃練習はしとらんかった。だから、初めて打席に入って、プロの投手の球を見たときの衝撃って言ったら、ありゃしない。

 「オレは一体、どうやって、こんな速い球打ったらエエんや!」

 しばらくは途方に暮れたよね。でも、セ・リーグのピッチャーにとってはバッティングができる、できない、というのはすごく大きな違いが出てくる。バットを持って立っている以上、投球に当てることができれば、野球は何が起こるか分からないし、それ以上に大切なのがバントだよ。

 たとえば5回まで1、2点に抑えていたとして、1点ビハインドの6回無死一塁で打席が回ってきたとする。自分のバントに対してベンチからの信頼があれば、そのまま打席に立たせてもらえるかもしれないけれど、バントができなければ代打を出される可能性が高い。代打を送られるということはつまり、マウンドから降りることを意味しているんやから、ピッチャーにとっては良いことではないよね。だから、バッティングはもちろんやったけど、バントの練習もようしたよ。

 野手はみんな、自分のバットを持っているけど、ピッチャーはさすがにそうもいかない。ある時は日本ハム時代の後輩にあたる小笠原道大からバットをもらってね。ちょうど、小笠原がいた巨人戦で使ってみた。

 そしたら、小笠原のバットが重くてね。全然使いこなせない。思い切り振り遅れたファウルを打ってしまった。ふと守っている小笠原の顔を見たら、ニヤニヤ笑って、こっちを見とる。さすがに、次の試合からはバットを変えたよ(笑)。

 最後に告白すると、実は高校時代からバッティングは嫌いやった。だって、打って、ランナーになったら、特に夏場は疲れるやん! というわけで、また来週!

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