下柳剛のシモネタ発見

「藤井ゲート」で将雄さんと“再会” 生きることへの尊さを再認識

[ 2015年6月15日 05:30 ]

 スポニチアネックス読者のみなさん、ご機嫌いかがですかな? どうも~、下柳です。6月ももう中旬ですか。沖縄は梅雨も明けて、夏の高校野球の予選が各地で始まっていきますな。

 オレはさる11日、朝日放送のラジオ解説のためヤフオクドームへ行ってきました。当日の阪神は岩貞が先発やった。腕の振りが随分と良くなった印象を受けたよね。それを可能にしたのはもちろん、ベテラン藤井のリードもある。

 繊細に追い込んでからは、序盤はボール球で勝負できていた。ただ、もったいなかったのは3点目を奪われた5回のピッチング。1死三塁で中村晃を迎えた場面は、1ボール2ストライクまで良い形で追い込んだ。4球目も外角低めの難しいところに制球したのに、上手いこと打たれてしまった。中村の高い技術と言えばそれまでやけど、やっぱりもったいなかった。岩貞からすれば1球の怖さを知ったはずやから、今後への良い教訓にしてほしい。

 さて、昨年の当欄でも書かせてもらったけど、今年も通称「藤井ゲート」の15番通路へ足を運んできました。藤井とは2000年10月13日に亡くなった藤井将雄のこと。同じ1968年生まれで、ダイエー時代のチームメートやった。ゲートには生前、将雄が遺したこんなメッセージが掲げられている。

 『今の自分があるのは、過去から現在において出会ったすべての人のおかげだと思います。その中の誰一人がかけても、今のこの幸せな自分は存在しませんでした。だから、すべての人に感謝しています。

 プロ野球選手はまわりの人々に夢と希望を与える職業だという人がいます。でも、ボクは逆です。たくさんの人から夢や希望、エネルギーをもらってきました。そのことがうれしかったんです。

 6年前の入団発表のとき、王監督を胴上げしたいと抱負を述べました。その願いも去年のリーグ優勝と日本一で無事に達成できました。そして、今年はチーム全員で頑張ってつかんだV2。すばらしい野球人生だったと胸を張れます。

 この病気には自分自身、すごく勉強させてもらいました。孤独や優しさ、思いやり、不安。人間の本当の感情に触れることができました。今までのボクは上っ面のとこしか見えてなかったんだなとも思いました。すべては、この病気が教えてくれたことです。

 この一年間、ゆっくりと休ませてもらいました。あらためて野球を頑張ろうという気持ちにさせてくれた中内正オーナー代行はじめ球団の方々、王監督、チームメートの皆、感謝の気持ちは忘れません。そして、生きる希望を与えてくださったファンの皆様、ありがとうございました。これからもダイエーホークスを応援してください。

藤井 将雄』

 現役当時、15番ゲートへ行くたびに、オレは気持ち新たにグラウンドへ向かうことができた。それは今でも同じ。手を合わせ、将雄に近況を報告して…。返事はもらえなくても、そこへ行けば将雄に会えるような気がする。それは、これからも変わらない。生きることへの尊さも気付かせてもらえる、オレにとっては本当に貴重な時間なんだよね。

 では、最後に、みなさんへの報告が一つ。阪神タイガース球団創設80周年記念イベントで、矢野ちゃんとファーストピッチセレモニーに参加することになりました。6月28日です。久しぶりのマウンド、それも甲子園で! 2003、05年当時のユニフォームを着ながらね。オレ自身も今からほんまに楽しみですわ! では、また来週会いましょう。

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