下柳剛のシモネタ発見

楽天テスト入団も結果は…頭かすめる引退 意を決して星野監督に

[ 2014年11月24日 05:30 ]

 スポニチ読者のみなさん、どうも~下柳です。1週間のごぶさたですが、いかがお過ごしですかな?

 さて、今週もまた星野仙一・楽天シニアアドバイザー(SA)について書かせてもらいますわ。

 2011年阪神を戦力外になってから、星野さんに声をかけてもらった。2010年に娘が生まれてからまだ1勝もできてなかったし、何より「このままでは終われん」という思いが強かった。だから、声をかけてもらった時には本当にありがたかったし、オレなりに思うところがあった。

 楽天という球団はその時点で一度も優勝してなかったし、歴史が浅いからね。で、なんでオレが呼ばれたか?と考えたときに、星野さんはオレの姿を通して若い選手たちに伝えたいことがあったんやと思う。

 「下柳のように長い間、野球をやるためには、どれほど凄い練習をしなければいけないか」

 オレが直接、問いただすことはなかったけど、おそらくそんなとこやろう。もちろん、先ほども書いたように、オレは自分のことを一生懸命やって、ただただ勝ちたいという思いやったけど、心のどこかで後輩たちのことが頭にあったのは確かやね。だから、阪神時代同様、練習はとことん自分を追い込んだよ。

 春季キャンプで入団テストを経ての楽天入りだったからね。阪神の時とは違って、開幕ローテーションに入るためにはオープン戦から必死こいて結果を残さないといけない。だから例年の調整とは違って、かなり早めのペースで肩をつくっていったよね。

 その甲斐あって、オープン戦ではきっちり結果を残すことができたし、開幕ローテも任せてもらった。ただね…。シーズンに入ってからは、なかなかうまくいかなかった。ピークを開幕に合わせるやり方では、オープン戦で結果を残せないのは分かっていたしね。かといって、その良い状態を2カ月、3カ月と維持するのも難しい。

 2008年に手術していた右膝は阪神時代の最後に比べればマシだったけど、痛み止めの服用は欠かせんかった。日常生活では階段を上がるのもしんどかったし。ただ、自分の中での決めごとというか、一塁へのバックアップで走れなくなったら、もう辞めよう、と。でも、それができる間は絶対にやり続ける、とね。幸い、試合に入るとアドレナリンが出て痛みはそんなに感じなかったけど、走り込みを思うようにできなかった分、調子を上げることができなかったね。

 初先発となった4月1日・Kスタ宮城(当時)でのロッテ戦は5回途中3失点。中6日あけて臨んだ8日のオリックス戦(京セラドーム)は6回2失点と、連敗を喫してしまった。続く日本ハム、オリックスとの登板でも結果は残せず。4試合0勝2敗、防御率5・29という数字で2軍落ちを通達された。

 正直、この時点で、引退の2文字が頭をかすめたよね。楽天でチャンスをもらいながら、1勝もできないまま登録抹消。シーズン開幕前から、もしもそうなった時は「引き際ではないか」とも考えていたからね。

 実際、矢野ちゃん(燿大)なんかにはメール送って相談していた。

 「もう、辞めようかと思う」って。

 そしたら、矢野ちゃんからはこんな返信がかえってきた。

 「途中で辞めるのはシモらしくないんちゃう?最後までやればええやん」

 確かに、矢野ちゃんの言う通りやった。もしも、オレが途中でユニホームを脱ぐようなことになれば、球団の人に迷惑をかけることになる。頭では分かっていた。でも、なかなか迷いは消えない。そんな時、オレは意を決して星野さんの監督室を訪ねることにした…。

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