下柳剛のシモネタ発見

星野さんには感謝の気持ちでいっぱい…「男にしたい」と思える人

[ 2014年11月17日 05:30 ]

2012年2月、入団テストに合格して入団が決まった下柳剛投手と星野仙一監督(右)
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 みなさま、いかがお過ごしでしょうか? めっきり寒くなってきましたな。どうも、下柳です。

 さて、毎年恒例の「下柳剛ドリームカップ 長崎少年ソフトボール選手権大会」の季節が近づいて参りました。早いもので、もう8回目! さる7日には長崎で監督会議が開催され、予選組み合わせも決定してね。今年は壱岐・五島・対馬それぞれ遠路離島から計10チームが参加してくれて、県内47チームでの大会になりました。

 11月30日に予選大会があって、12月14日は決勝トーナメント。大会運営には多くの方々にご協力いただき、感謝の気持ちでいっぱいです。ぜひとも、今年も素晴らしい大会にしたいと思っております。

 さて、今週は星野仙一現楽天シニアアドバイザー(SA)について書かせていただきます。

 星野さんとの出会いはオレが阪神へ移籍した2003年からやね。もちろん、当時は監督。キャンプ、オープン戦中盤くらいまでは本当に穏やかな人で。「いい親父さん」というのかな。阪神に入団するまでは、いわゆる「闘将」というイメージがあったんやけど、随分と違った。

 でも…。開幕が近づくにつれて、段々とテンションが上がっていって。スイッチが入ったというか、ついには当時チーム最年長だった広澤克実さんまでが、説教を食らうようになった。

 となると、当然、チームの雰囲気は締まるよね。それが星野さんの狙いなんやろうけど、開幕を迎える頃にはチーム全体が闘う集団に変わっていたように思う。

 で、オレはと言うと、実のところ、な~んにも言われんかった。03年のシーズン初登板はリリーフやったんやけど、登板後には「次、先発頼むぞ」と一言。内心オレも「えっ」と思ったけど、もうそれっきり。それが逆に、信頼されていることの裏返しというのかな。オレはそういうのを意気に感じるタイプやし、やりがいを感じながらやらせてもらった。

 一つ、印象に残っているシーンがあってね。オレが結構打たれて降板してしまったんやけど、もちろん、怒られたり、何かを言われたり、ということはなかった。それでふと、監督の方に視線を向けると、拳から血が流れてる。それって、間違いなく腹が立って、どこかを殴った時にできたもんやろう。

 そんな調子だから、調子が悪い時でも平気で巨人戦に投げさせてもらってた。先発ローテを崩されることもなかったし。そういうところも選手からすれば「この人を男にしたい」と思える要素じゃないのかな。

 改まって言うのもなんだけど、星野さんには感謝の気持ちでいっぱいだよね。一つはパ・リーグしか知らなかったオレをセ・リーグへ呼んでくれて。それまで経験していたのとは全く違う野球を勉強させてもらうことができた。

 選手としても先発をする機会をつくってもらったしね。その後、同い年の選手たちが次々と辞めていく中、長い間やらせてもらうことができた。もしかして、あのままずっとリリーフをやっていたら、どうなっていたかは分からない。星野さんのアイディアである先発転向がオレにとってもはまったし、そのことでチームの優勝に2度貢献させてもらえたのも、すごく良かったと思う。

 最後に所属させてもらった、楽天でも、やっぱり監督は星野さんやったしね。楽天時代で書きたいことはいろいろあるけど、それはまた次回にしましょうか。では、スポニチアネックス読者のみなさん、ご機嫌よう!

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