下柳剛のシモネタ発見

印象深い08年6月9日オリックス戦…矢野、金本と3人でお立ち台

[ 2014年11月3日 05:30 ]

 スポニチアネックス読者のみなさん、いかがお過ごしでしょうか。どうも、下柳です。寒さが増す、きょうこの頃ですな。

 さて、日本シリーズは先日、ソフトバンクの4勝1敗で終了しましたな。オレも第3戦の解説でヤフードームへ行ってきた。まずは、いつも通り、藤井将雄(元ダイエー)の功績を称える15番ゲートへ向かって。手を合わせ、お祈りしてきた。

 掲げられているプレートを見て改めて思ったんやけど、将雄は31歳でこの世を去ったんやな。ほんまに早すぎたよ…。6月30日更新分で将雄との思い出を詳しく書かせてもらったから、まだの方は良かったら読んでみてください。将雄の人間性がよく分かると思う。

 少し、話しは逸れてしまったけど、オレにとってはどっちに肩入れすれば良いのか、よく分からんシリーズやったよ。退任する秋山監督を男にできたソフトバンクにとっては最高のになったよね。負けた阪神は悔しい結果になったけど、ほとんどの選手にとっては初めての大舞台。もの凄く緊張したやろうけど、その中でプレーできた経験は絶対プラスだし、今後に生かさなければいけないよね。

 さて、今回は矢野ちゃんと同じく阪神でチームメートやったカネ(金本知憲)との話しを書くことにしますわ。

 同級生ということだけでなく、カネはチームにとって大きな存在やったからね。偶然にも、同じ2003年に阪神入り。ただ、オレが3対3のトレードで入団したのに対し、カネはFA宣言しての入団。みんなに期待、応援されているのが伝わって来たし、そういう意味ではオレもカネの活躍についていかんと、という思いがあった。あわよくば、同じぐらいの活躍をしたる! というかね。それはオレが2011年で阪神を離れるまで、ずっと心の中にあった。矢野ちゃんにも同じような感情を抱いていたけど。2人には離されないように、と。

 それで言うと、2008年6月9日のオリックス戦はめちゃめちゃ印象深い。甲子園でのナイターやったんやけど、何と3人でお立ち台に上ることになった。目標というと大げさに聞こえるかもしれんけど「一度は一緒に立ちたい」という思いもあったからね。でも、いざ、お立ち台となると恥ずかしくて。確か、矢野ちゃんに手を引っ張られて行ったはずや。

 「いつも通り、恥ずかしいです」

 お立ち台でそんな風に喋ったら、結構、スタンドが沸いた。オレにとっては、いつも通りの受け答えやったんやけど。真ん中にカネがいて、オレと矢野ちゃんが両脇を固めて。まさか、あれが最初で最後になるとは、夢にも思わんかったけどね。

 カネはみなさんご存じの通り、外野を守っていた。オレらバッテリーと違って、外野手って、そこまで試合にのめり込めるんか?という感じもあったんやけど、カネはその点も凄かった。それを何よりも証明したのが、勝った時のあの笑顔。もう、本当に嬉しそう。遠目から見とっても、喜んでいるのがハッキリと分かる。

 なかなか、あそこまで笑顔を見せる外野手って、あんまり記憶にない。ニコニコというか、何と言うか。それはカネが試合で打とうが、打つまいが全く変わらん。個人記録とかじゃなく、チームとして勝ちたい思いが凄く強い選手やった。

 そういう姿勢で野球と向き合っていたから、2005年の優勝を決めたウイニングボールはカネのもとへ飛んでいったんやろうね。あの時もほんま、嬉しそうやったわ(笑)。

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