下柳剛のシモネタ発見

平気でコーチに食ってかかった城島 さすがのオレもたしなめたよ 

[ 2014年7月14日 05:30 ]

 スポニチアネックス読者のみなさま、ご機嫌いかがでしょうか? どうも、下柳です。

 ところで、8日付のスポニチ大阪版に嬉しい記事が載っとったね。オレが2007年から開催している「下柳剛ドリームカップ」に出場し、翌08年の第2回大会でMVPに輝いた高瀬雄大君が今では阪神のドラフト候補としてリストアップされるまでになったという。高瀬君が通う長崎西高は県内では屈指の進学校でね。まさに、文武両道。紙面に目を通すとオレとの当時の思い出も書かれていたし、高瀬君の「いつか下柳さんと再会したい」というようなコメントもあった。

 この大会を経験した子供たちがもしもプロ野球の道へ進んでくれるなら、オレにとってもすごくうれしい。いつの日か、成長した高瀬君と再会したいよね。

 さて、その長崎つながりで、今回は城島健司について書かせてもらいましょうか。

 読者のみなさんにとっては阪神時代のことが記憶に新しいやろうけど、実はダイエーでも1年だけチームメートととして過ごした。大分・別府大付から入団してきた大型捕手が、城島やった。

 え? 第一印象? まずは「キャッチングが下手やなぁ」。それこそ、工藤さんと一緒にブルペンへ入っても、カーブなんかミットに擦りもせんことがあったからね。それこそ、前にも書いたオーストラリアでの春季キャンプよ。

 「もういい。お前、代われ!」

 工藤さんによう、怒られとったのを思い出す。

 キャラクター的には、それはもう、みなさんもお察しの通り、生意気やった(笑)。

 城島が1年目に、ちょろっと1軍へ上がってきたことがあってね。どうやら、試合を見ていて、城島なりに采配に思うところがあったらしい。そしたら、どうしたと思う? 当時、バッテリーコーチやった達川光男さん(現中日バッテリーコーチ)に、平気で食ってかかったことがあった。

 「おい、ジョー。いらんこと言わんでええ」

 オレも若い頃は血気盛んやったけど、さすがにたしなめたよ(笑)。

 オレが1996年に日本ハムへ移籍してからは「投手VS打者」の関係になった。

 ご存じの通り、豪快でパワフルなスイングが持ち味やけど、それだけではなくてね。追い込まれて不利なカウントになったら、バッティングを変えてくる器用な面も持ち合わせとった。

 だから、こちらも、いろいろと工夫したよね。特に走者がいる場面では追い込まないのが、一番やった。

 投手が「追い込まない」なんて、珍しい表現やわね。でも、先ほども記したように、追い込んだら城島はバッティングを変えてくる。スイングがコンパクトになって、きっちりとコンタクトしてくるから、投手としては打ち取りにくい。

 だから、オレの場合は1、2球目から勝負球を投げ込むことを心がけていたよね。まだ、城島が打席内で大味な勝負をしている間に、決着をつける。カウントをそろえず、追い込まないことが、オレ流の城島対策やった。

 状況によって打撃を変えてくると言えば、中日時代に何度も対戦した井端弘和(現巨人)やろうね。井端も面白くて、オレにとって一番投げやすいのが走者が三塁にいるケースやった。

 投手にとっては苦しい二、三塁とか満塁になると、井端の中で男気みたいなものがあふれ出てくる。「オレが決める」というやつやね。そういう微妙な感情の起伏は、当然、スイングにも影響が出てくる。力みにもつながるし、少し振りが大きくなったりね。

 だから、ピンチになればなるほど、井端に打たれた記憶というのはほとんどない。でも、その代わり…。ランナーがいなかったり、一塁にいたときなんかは、それはもう嫌なバッターやった。

 まず、簡単にアウトにならない。厳しいところへ投げ込んでもカットしてくるし、選球眼も素晴らしい。そして、たとえアウトにしても、確実に走者を進めてくる。オレがホームへ投げるときとけん制するときのクセも分かっていたみたいで、走者としても神経を使わせる男やった。本当に「面倒」という言葉がぴったり。今となっては懐かしいけど、当時の中日は本当に嫌なチームやったよね。

 ちょっと最後は話が逸れてしまったけど、次週も城島について書かせてもらいますわ。2010年からは阪神で再びチームメートになったからね。その辺の思い出なんかを詳しく。

 夏の高校野球の地方大会も各地で開催されとるね。我が母校・瓊浦は19日が初戦の予定。春の県大会準優勝と力があるチームやし、どんな戦いを見せてくれるか楽しみやね。

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