下柳剛のシモネタ発見

65試合147イニング 97年、オレは投げまくった

[ 2014年5月12日 05:30 ]

 スポニチアネックス読者のみなさん、1週間のご無沙汰(ぶさた)です。下柳です。みなさん、ゴールデンウイークは堪能されましたか? 

 阪神は上本の緊急離脱などがあり、少し連敗しましたけど、まだまだ大丈夫やろう。ここからきっと、盛り返していってくれるはず!

 オレもこの1週間は、おかげさまで仕事でバタバタしとったよ。地元・長崎で出演しているNIB長崎国際テレビの「あさじげ×ZIP!」で、ロケがあってね。下五島、上五島の両方を訪ねてきた。2泊3日でね。

 で、五島列島でのロケを終えると、そのまま長崎市内で1泊して、土曜の朝から「あさじげ×ZIP!」に生出演。午前10時に放送が終わって、飛行機で大阪へ。着陸寸前にえらい揺れたから、ちょっと焦ったけどな。

 伊丹空港から、今度は甲子園へ来て、夜は阪神―巨人戦のラジオで解説。んで、11日の日曜日も今度は同じTG戦のテレビ解説をさせてもらった。なかなか充実した1週間やったよ。

 さあ、そろそろ、本日のお題に移りますか。もう、書くことないぞ! と思っていても、スポニチさんの元下柳番があれや、これやとネタを振ってくる。この記者はオレの現役時代から、まぁ、しぶとかった。どれだけ、追いかけ回されたか(笑)。奄美の自主トレにも、アポなしで、突然やってくるんやで。

 閑話休題。で、今回は中継ぎでフル回転した1997年について書かせてもらいますわ。

 このシーズン、オレはチーム135試合のうちほぼ半数の65試合に登板した。ここで、クイズ。イニング数は、一体いくらやったでしょう?

 これをドンピシャで当てることができれば、かなりの下柳通やね。間違いない。正解は、何と147イニング!ざっと見ても、1試合で2イニング以上は投げとる計算やね。

 いちゃもんつけられんうちに先に書いとくけど、先発はたったの1試合や。今回、あらためてデータを調べてみると、先発したのは6月15日の西武戦(西武)。この試合は4回3分の2を5安打2失点で降板したんやけど、これは2回3分の2を投げた6月12日のオリックス戦(東京ドーム)から中2日。先発してホッと一息…と思ったら、大間違い。先発してから中1日の17日にはダイエー戦(東京ドーム)で、リリーフ登板したんや。

 現代のプロ野球では、まず考えられない登板ペースやろう。

 当時、オレは29歳。まぁバリバリの働き盛りで、なんぼ投げても大丈夫やった。というか、試合で使ってもらえることを、すごく意気に感じとったからね。

 セットアッパー、抑えという部門が確立されている今ではピンとこんかもしれんけど、あのころのパ・リーグではイニングまたぎなんて当たり前のことやった。

 例えば、試合を左右するようなピンチの場面で投入されると、テンションはグッと上がっている。で、そのピンチを切り抜けたときなんかは、次のイニングで気持ちの持って行き方に難しいところもあったわな。

 ただ、当時の日本ハムは先発が早い回で打たれることが結構あってね。リリーフして5、6イニング投げるのも、ざらにあった。ここで、もう1回、データを引っ張りだすことにするわ。

■4月19日 オリックス戦(神戸) 7回3分の1 3失点

■4月23日 ダイエー戦(東京ドーム) 3回3分の2 1失点

■4月25日 西武戦(西武) 6回3分の2 1失点

 うん。これは、なかなかのペースやね。さっきも1回書いたけど、6月はまだあった。

■6月21日 近鉄戦(大阪ドーム) 5回3分の2 1失点

■6月25日 オリックス戦(東京ドーム) 6回3分の2 2失点

 こうやって書くと、いかにも21日に投げて25日までの間に休みを挟んでいるみたいやけど、普通に22日もブルペン待機しとったからね。やっぱり、今では想像つかんわな。

 そういえば、この6月25日の試合は、216打席連続無三振だったイチローから空振り三振を奪ったことで注目されたんや。このイチローのくだりは、次週の当欄で振り返ることにするわ。では、読者のみなさん、また来週お会いしましょう。

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