下柳剛のシモネタ発見

グラブの刺繍「前後際断」の理由とは…心に染みた沢庵禅師の言葉

[ 2014年2月24日 05:30 ]

 1週間ぶりに下柳です。阪神の宜野座キャンプも、間もなく終了ですな。阪神が宜野座でキャンプを始めたのが2003年。その初年度から、オレもタイガースのユニホームを着ることになったんよね。

 で、キャンプ初日に行ってみたら、お客さんが多いのなんの!日本ハムの名護キャンプとは比べもんにならんぐらいの人だかりに、まあ、たまげたね。とりあえず「張り切りすぎてケガせんとこっ」と思ったのを覚えているわ。だって、平日でもすごかったんやもん!パ・リーグ一筋やったオレとしては、それだけでカルチャーショックやったよ。

 実はね、宜野座キャンプ自体は初めてやなかった。日本ハムの最終年、つまり2002年は1軍の名護ではなく、オレは2軍スタート。そのキャンプ地が、偶然にも宜野座やった。1軍でもまばらなファンが、2軍やったらなぁ…。それだけ閑散としとったのに、それから1年後に訪れた宜野座は同じ場所とは思えんかったよ。

 キャンプでもそんな状態やから、そら、練習試合なんかもっと凄いわな。聞くところによると、土日なんかやったら、もうとんでもない。宜野座インターの出口から、えらい渋滞ができるっていうやんか。すごい熱狂的というか、改めて阪神ファンの凄さを知ったよ。

 とは言うても、ある程度、キャンプインまでに心の準備はできとったよ。だって日本ハムからのトレードが決まったときも、大阪のスポーツ新聞はど派手な1面やったらしいもんね。阪神への入団会見の時も、そらぁ記者、カメラマン、テレビカメラの数がもう…。その前年にFA移籍していたあっちゃん(片岡篤史氏)から聞いてはいたけど、オレの想像をはるかに超えとった。

 シーズン前からそんな調子やったから、オレは考えた。甲子園での公式戦、それも巨人戦なんかやったら、もの凄い雰囲気になるに違いない。

 いや、それにもまして思ったのは、当時35歳になるシーズンで、肉体は衰えていくしかない。その衰えを遅らせる努力はしていたけれど、一方で技術がそうそう伸びていくことも考えにくい。

 30代を過ぎた頃から漠然とやけど、やっぱり「心・技・体」の三つが揃って初めて最高のパフォーマンスができるのでは?と考えるようになっとった。それまで本格的に勉強したことがなかったし、阪神への移籍は良い機会でもある。そんな経緯があって、メンタルを強化することを決めた。

 オレが師事したのは、福島大学の白石豊教授やった。日本ハム時代から少し面識はあったんやけど、キャンプ中ぐらいやったな。オレの方から先生に連絡を取って、それからは電話を通じて感情のコントロール方法を学んでいったんや。

 シーズンは順調に滑り出したんやけど、今度は読書を通じてメンタルトレーニングをできないやろうか?と思ってね。一度も負けを知らないと言われる宮本武蔵に興味があったこともあって、「五輪書」の原文を買いに行ったりもした。どういう精神状態で戦っているのか興味があったし、読めば何かヒントがあるだろうと。

 ただ、原文はさすがに難しくて、何が書いてあるか、よう分からん。そこでもう一度、現代語訳を買い直して、じっくりと読むことにしたんや。

 その1行目に「戦う最中には平常心であるべし」みたいなことが書かれてある。こっちはどうやったら「平常心で戦えるのか」を知りたかったのに、それについては買いとらん。
 「なんや、1行だけで終わりかい!」

 そう突っ込みたかったけど、時すでに遅し。まあ、そういう本自体に触れることも、大事なことなんやけどね。

 そんなことをしているうちに、白石先生からは沢庵禅師の著書「不動智神妙録」という本を勧められた。

 じっくりと読み進めていくうちに、気になる言葉に出会ったんや。

 「前後際断」

 改めて沢庵禅師の現代語訳を読み返してみた。

 「前後の際を断つという言葉がある。前の心を捨てないことも、今の心を後に残すこともよくありません。それで、前と今の間を切ってしまえという意味です」

 そんな風に書かれてあったんやけど、そこにオレなりのアレンジも加えて、解釈したんや。

 「前というのはもう終わった過去のこと。後というのは未来。どちらも気に病んだり不安に思ったりしたら、その時点から集中できなくなってしまう。そうなれば、良いパフォーマンスを発揮することはできない。ピッチングも結局、1球1球の積み重ねや」

 まさに、ビンゴ!というのかな。当時のオレにはすごくしっくり来る言葉やった。それからやね。メーカーさんにお願いして、グラブに「前後際断」の4文字を刺繍するようになったのは。

 試合では自分の思うようにならないこと、予期せぬこと、苦しい場面が、何度も何度も訪れる。そのたびにグラブに目をやり、心を落ち着かせる。もちろん、そこには技術の向上、オフの厳しい自主トレ、矢野のリード、信頼してくれた首脳陣、チームメートの助けと様々な要因もあるんやけど、徐々にマウンドで心のコントロールをできるようになっていった。

 移籍初年度となった2003年は10勝(5敗)、04年には7勝(5敗)。そして37歳となった05年には15勝(3敗)で、最多勝を獲得することができた。それも、史上最年長記録というおまけ付き。メンタルトレーニングに取り組んだ成果を実感できるシーズンやった。

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