下柳剛のシモネタ発見

スキートレに初挑戦した夜、金縛りになって見たのは…

[ 2014年1月27日 05:30 ]

陸上トレも取り入れた下柳氏

 前回は自主トレにまつわる、自衛隊での思い出話を紹介しましたが、今週はノルディック&陸上編をお届けしますわ。

 1980年代から1990年代前半にかけて、ノルディックスキーで大活躍された岡部哲也さんにお願いして、日本ハム時代に挑戦したんや。プロ入り10年目ぐらいの時期やったと思う。岡部さんが主宰する軽井沢のスキー教室のようなところでね。レーサーの飯田章も一緒やった。

 オレは長崎県出身だったこともあって、実はスキーはそのときが初めてやった。他のお客さんの邪魔にならないよう、朝早く起きてね。

 ノルディック用のスキー板は機能性に優れているから、オレみたいな完全な初心者でも歩けるわけ。2本のストック(ポール)が、いわゆる杖がわりにもなるし。

 初めての高揚感も手伝って、オレは夢中でてっぺんを目指した。うん、今思い返しても順調やった。てっぺんに着くまでは…。

 「ここまで来たんはええけど、どうやって降りたらええんや??」

 とてもじゃないが、てっぺんから滑る気にはなれなかった。というか、絶対に無理! 滑って、転んで、ケガして、他の方まで巻き添えにするようなことがあれば、シャレにならない…。

 「よっしゃ!これしかない!」

 苦肉の策として思い浮かんだのが、リフトの下りに乗ることやった。他のお客さんは、そら、怖かったんちゃう?ゴーグルで顔は分からん上に、オレみたいなごっつい体の男がなぜか、リフトで降りてくるんやから。しかも、でっかい、細~い板をはめて。

 その軽井沢では午前中はノルディック、午後からはウエートトレに励んでいたのかな。

 ある夜、岡部さんの車で晩ご飯を食べにいくことになった。岡部さんの愛車を出してもらったんやけど、ふと気がつくと、前後左右4つあるドアのロック部分が勝手に上下してる。

 「岡部さん、勘弁してください!もうちょっと、ええ車にしてくださいよ~」

 なんて笑いながら、帰路についた。その夜は岡部さんが普段使っている、ロッジに泊めてもらって。

 翌朝、窓から差し込む薄明かりで目が覚めたんやけど、普段となんか勝手が違う。体が思うように、動かんかった。

 「ん?これって…」

 ノルディックやないけど、金縛りもまた生まれて初めての経験やった。やれやれ…と思いながら、今度は窓の方に目を向けた。

 「だ、だ、誰やっ!」

 金縛りにあっとるから声は出とらんねやかど、心の中では思いっきり叫んどった。どっからどう見ても、おじいさんがオレの方を見とる…。今度こそ正真正銘のおじいさん。ヤモリとはわけが違った。

 どれぐらい続いたやろう。目こそ合わんかったけど、確かに、おじいさんが窓の外にいた。明け方近くになって、金縛りもようやくとけた。それから程なくして、ロッジのチャイムが鳴った。岡部さんやった。

 「シモ、義理の父が亡くなってしまって…。今から家に戻るわ」

 その言葉を聞いて、一気にナゾが解けた。多分、いや、かなりの確率で、そのおじいさんは岡部さんの義理のお父様やったんやろう。

 岡部さんのロッジまで知らせに来られたやろうに、ベッドには1度も会ったことのない大男が眠っとる。オレ以上に、義理のお父さんの方がビックリされたんちゃうか。それにしても、後にも先にも、たった1回きりの金縛り体験やった…。

 阪神に移籍して2年目、つまり04年のオフからは陸上競技にチャレンジした。当時36歳か。自分の中で肉体面での衰えを感じることはなかったんやけど、ある程度、先を見据えてね。投手である以上、足の衰えが一番まずいだろう、というのがあったから。バルセロナ五輪では4×100メートルリレーに出場した経験もある、鈴木久嗣にコーチをお願いした。

 1年目は沖縄・石垣。まあ、とにかく、よう走ったわ。朝の10時ぐらいから午後1時ぐらいまで、3時間びっしり。昼飯をはさんで、午後5~6時ぐらいまでトレーニングしとった。

 その間は3カ月間、陸上とウエートトレばっかり。やり投げをメニューに取り入れたり、それはハードやったよ。

 こう見えても、実は高校、社会人時代は俊足やった。ただ、プロ入りしてからはDH制のあるパ・リーグということもあって、もっぱら長距離専門やった。

 で、石垣へ行って、初っぱなに行った50メートル走は6・8秒。でも、何て言うんかな。毎日、毎日、走っているうちに、アスリートとしての本能が目覚めてくる。

 「ちょっとでも速くなったろ」

 ムキになって走っとるうちに、少しずつ速くなっていった。試しに、日ハムの自主トレに乱入して実松(現巨人)と30メートル走を競ったこともあった。結果はオレの楽勝! 実松は周りから「じじいに負けてんじゃねえぞ」と散々、野次られとったけどな。打ち上げの日に再び50メートル走を計ってみたら、何と6・2秒やったよ。これには驚いた。

 そのハードな陸上トレのおかげで、05年シーズンは動き、コンディショニングとも本当に良かった。15勝で最多勝のタイトルも獲らせてもらったんやけど、それも要因の一つやった。

 では、そろそろ、締めにかかりましょうか。もちろん、走るネタで。

 05年6月24日の巨人戦やった。足が速くなったオレは、前々から密かに盗塁を企てていたんや。

 そしたら、チャンス到来というべきか、ヒットを打って二塁へ進んだ。ピッチャーの上原(現レッドソックス)は当然というか、オレに対して、全くノーマークなわけ。しばらく、様子をうかがったけど、やっぱりノーマークは変わらない。

 「よっしゃ、スタート切ったろ」

 そう思った瞬間、セカンドにいた元木がけん制に入った。ウソっ! あれだけノーマークやったはずの上原もその動きに合わせて、くるっと反転しとるやないか! 二塁ベースに戻りきることも許されぬまま、余裕のタッチアウト! その時点で盗塁することは、もう諦めることにしたわ。

 それにしても、オレの様子まで窺っとった元木は、さすがやった。球界屈指の、曲者と呼ばれるだけの男やね。

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