日めくりプロ野球 7月

【7月30日】2006年(平18) 始まりは東京ドーム 新庄剛志 お別れの2ランホームラン

[ 2010年7月1日 06:00 ]

 【日本ハム7―3ソフトバンク】完璧な当たりだった。打たれたソフトバンク・杉内俊哉投手はもう打球を目で追わなかった。してやったりの表情で日本ハム・新庄剛志(登録名SHINJO)中堅手はダイヤモンドを一周した。
 東京ドームでシーズン12試合目にして6本塁打。アーチを描けば、それがすべて勝利につながった。「不思議だね。なんでだろう?」深く考えることはなかったが、札幌に本拠地を移したファイターズにとって、これが06年最後の東京でのゲーム。引退宣言をしていた新庄にとっては06年どころか、現役生活最後の東京での公式戦。だからこそ、最後に1本打っておきたかった。

 新庄にとって始まりは甲子園ではなく、東京ドームだった。「そういえば、代打だったね」。懐かしそうに振り返った。阪神時代の91年9月10日、巨人24回戦の9回に完投勝利目前の猪俣隆投手の代打として起用されたのが、新庄の1軍デビューだった。
 巨人・香田勲投手のストレートをセンターにはじき返す、タイムリーヒットを放った新庄。プロ初打席初安打初打点。幸運なスタートはその後のスター選手としての歩みを予感させるものだった。
 あれから15年が過ぎた、06年4月18日。東京ドームでのオリックス戦で2本塁打を放った新庄はヒーローインタビューの中で驚きの引退宣言をした。
 「昔の日本ハムのホームグラウンドだし、僕もプロデビューした球場だし、(引退宣言を)するには、一番いい舞台だと思って」。いつも思いつきで動いているように見えても、実は新庄なりの狙いがいつもそこにはあった。本拠地札幌ではなく、東京ドームで衝撃の発表をしたのは、新庄にとってもファイターズにとっても原点がここにあったからだった。
 東京ドーム最後の公式戦では打撃だけではなく、守備でもみせた。4回までの12のアウトのうち、半分は新庄が右に左に動いて打球を処理したもの。「打球を追う野性的な感はとてもまねできない」。稲葉篤紀右翼手は舌を巻いたが、ファインプレーをするたびに新庄の中では悲鳴が上がっていた。
 「もうギリギリなんです」と新庄は関係者に漏らしていた。好プレーに見えるのは、若いころなら簡単に追いついていた打球にスタートが遅れたり、脚力がついていかなかったりするからで、決してファインプレーではないことを本人が一番知っていた。
 かつては閑古鳥が鳴いていた、ドームでの日本ハム戦が3万6000人超の観客で埋まった。「引退の一番の理由は球場を満員にする夢がかなったこと」とファン向けに説明していたが、本当のところは腰、ひざなど体のあらゆる部分が言うことを聞かなくなり、満身創痍だったというのが本当のところだった。
 東京ドーム最終戦に勝った日本ハムは優勝争いに残り、秋には25年ぶりのリーグ優勝、44年ぶりの日本一へと新庄の引退へのカウントダウンに引っ張られるように突き進んでいった。

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