日めくりプロ野球 7月

【7月26日】1988年(昭63) ドーム初の球宴 水野雄仁 前代未聞のセンターフライ

[ 2010年7月1日 06:00 ]

 【全セ4―3全パ】読みはズバリ当たった。カウント2―1からの4球目、「高めのボール気味の真っ直ぐがくる」と予測した通りのボールが来た。
 思い切りバットを振り抜くと、打球はセンターへのフライ。飛距離は十分。三塁走者はベースに戻り、タッチアップ。中堅手から返球されるも悠々セーフ。サヨナラの中犠飛を打ち上げた、巨人・水野雄仁投手は一塁ベース付近でガッツポーズ。一塁コーチに立っていた、中日・星野仙一監督と喜びを分かち合った。

 延長12回ともなればもう野手は残っていなかった。全セは先頭の広島・正田耕三二塁手が右中間への三塁打でサヨナラのお膳立てをすると、続くヤクルト・広沢克巳一塁手は四球。打順は大洋・中山裕章投手に回ってきたが、巨人・王貞治監督は代打に水野を指名した。
 一人も野手が残っていない中で、徳島・池田高時代に夏の甲子園で東京・早稲田実業のエースだったヤクルト・荒木大輔投手から本塁打を放ち、粉砕した打撃は入団時に打者転向が検討されたほど。中山よりは何とかしてくれるだろうという期待を込めてピンチヒッターに送った。
 顔では笑っていたが「マウンドに行くより緊張しましたわ」という水野。ロッテの守護神、牛島和彦投手は投手に打たれてはと真剣そのもの。3球ストレートを投げて追い込むと、ウイニングショットのフォークボールで仕留めるかと思いきや、水野の打席での動きを見て考えを変えた。
 水野はバッターボックスの立ち位置を投手寄りにずらし、球の落ち際を狙おうしていると感じた牛島と西武・伊東勤捕手のバッテリーは裏をかいてストレートを選択した。
 が、これこそ水野の仕掛けだった。「フォークが来たら打てない。真っ直ぐならなんとかなる」。いかにもフォークを打つような仕草をしながらストレートを待ち、見事大役を果たした。投手の代打はオールスターではたびたびみられたが、サヨナラ打は史上初。今後もなかなかお目にかかれないシーンだった。
 球宴期間中は、夫人と伊豆に旅行に行くはずだったが、突然監督推薦で選ばれお流れに。本職のピッチングでは24日の第1戦(西宮)で阪急のブーマー一塁手に勝ち越し打を浴び、ブーマーのMVP獲得に“貢献”してしまった。最後の最後に“副業”で優秀選手に選ばれ100万円と大型テレビなど電化製品を手に入れ、「これでカミさんも許してくれるでしょう」と笑顔。最初で最後のオールスター出場でその歴史に名前を残した。
 水野の大はしゃぎに対し、ご機嫌ナナメなのは打たれた牛島。報道陣に囲まれるとひと言だけ言葉を残し、ロッカールームに消えた。「水野に伝えておいてよ。50万円くらい持ってくるようにって」。
 

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