日めくりプロ野球 7月

【7月21日】1970年(昭45) 三塁回ってクラクラ 遠井吾郎信じられない本塁打

[ 2010年7月1日 06:00 ]

 【全セ8―6全パ】ベンチの巨人・川上哲治監督は抱腹絶倒、出迎えた選手も涙が出るほど笑い転げた。当の本人はゼーゼーハアハア肩で息をしながら、「三塁を回ったら足がもつれて、頭がクラクラした。もう勘弁してよ。死ぬかと思ったよ。あ~、しんどい」と言ってベンチにドデンと腰を下ろした
 広島市民球場でのオールスター第3戦、4回に全セの代打で登場した、阪神・遠井吾郎内野手は近鉄・清俊彦投手から1点差に迫る3点ランニング本塁打を放った。

 アルコールで膨れた太鼓腹をユサユサ、体重96キロの「ホトケのゴローちゃん」がダイヤモンドを一周する姿は普段全く想像できなかった。右翼線に飛んだ打球ですら、二塁打にできるかどうか微妙なほど鈍足だったが、芝生に足をとられロッテ・アルトマン右翼手が転倒。立ち上がれずにいると、さすがのゴローちゃんも二塁へ達した。
 東映の白仁天中堅手がようやく打球に追いつき、内野へ返球したときにはすでに三塁を回り、ホームへ。転がり込むように生還すると、先にホームを踏んでいた二塁走者の森昌彦捕手(巨人)、一塁走者の安藤統夫二塁手が「速いな、ゴローちゃん!」とその巨体に飛びつき手荒い歓迎。60年の第2戦で南海・半田春夫二塁手が記録して以来、球宴2本目のランニングホームランとなった。
 「ランニングホームランは生まれた初めて。そんなに走らせるなっていうの。(三塁コーチャーの大洋)別当薫監督が腕をグルグル回しているから、死ぬ思いで走ったよ」。ベンチで汗をぬぐいながら、ホッとしていた遠井だが、全セが5回の守備につく際に川上監督から声がかかった。「おーい、ゴローちゃん、ライト守ってくれや」。
 これでお役御免と思っていただけに大慌て。持ってきたグラブはファーストミットのみ。そのまま守備に就こうかとも思ったが、登板予定のない中日・小野正一投手の左のグラブを借りて守った。
 ランニングホームランは頭がクラクラしたが、ライトの守備は心臓がドキドキした。「右翼を守ったことは若いときに数えるほど。一塁フライでさえ危ないのに、外野フライなんて…川上さんも人が悪いよ」。が、ここでもツイていたゴローちゃん、打球は一度も飛んでこなかった。
 そして6回。1死二、三塁で再度遠井が打席に入った。南海・佐藤道郎投手の「カーブかスライダー」を右前にはじき返し、2走者が相次いで生還。ランニング本塁打に逆転タイムリーの計5打点と大暴れすれば、MVPは当然。黒縁メガネのゴローちゃんは表彰台の一番高いところに立った。
 穏やかな性格でいつもニコニコ、その体型とあいまって「ホトケのゴローちゃん」と呼ばれた遠井が亡くなったのは05年6月27日。65歳の若さだった。77年に引退後、1年だけコーチをした後、球界から身を引き、大阪でバーを経営。優しい眼差しで阪神を陰ながら応援し続けた。

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