日めくりプロ野球 7月

【7月15日】1946年(昭21) 26点も入って試合時間は1時間40分 

[ 2010年7月1日 06:00 ]

 【グレートリング26―0ゴールドスターズ】太平洋戦争終結から約8カ月後に再開したプロ野球は用具やボールの不足、劣悪な品質からいわゆる“荒れた試合”も少なくなかった。1リーグ時代の記録として、肩は並べられたもののいまだに破られない記録がある。「最多得点差完封試合」がそれだ。

 富山・高岡工専グラウンド(1リーグ時代はよく高校の校庭などで公式戦が開催された)で行なわれたデーゲーム、近畿グレートリング(現ソフトバンク)とゴールドスターズ(金星、現ロッテ)のスコアは26―0。05年3月27日、千葉マリンスタジアムでロッテが創設して2試合目の楽天相手に同じスコアで大勝したが、それと同じスコアが、戦後復活して間もないプロ野球で記録されていた。
 59年後の試合とスコアも同じで投げた投手は完封している。ロッテは1安打投球をみせた渡辺俊介投手。グレートリングのエース、別所昭(後に毅彦)投手は7安打4四球3三振でシャットアウト勝ちした。2人とも球史に残る最多得点差完封投手である。
 渡辺は指名打者制で打席に入ることはなかったが、別所が圧巻だったのは完封劇以上にバッティングだった。6番に入った別所は8回に5打席目が回ってくると、内藤幸三投手から左翼へソロ本塁打を放つと、打者1巡しての6打席目は中越えの2点三塁打。別所はシングルヒットも1本打っており、二塁打さえ出れば投手として初のサイクル安打となるところだった。1イニングで7塁打は投手の記録としては誰もおらず、今でも記録保持者だ。
 この年、別所は4本塁打を放ったが、なんとチーム最多タイ。監督兼任の山本(鶴岡)一人三塁手ら3人と同数だった。ちなみに別所の生涯打率は2割5分4厘で35本塁打。巨人時代の50年には打率3割4分4厘で4本塁打28打点をマークしている。
 もう1つ驚嘆すべきなのが試合時間。グレートリングは28安打を放ち、全員安打で全員得点、毎回安打の記録も作ったが、それでも試合時間なんと1時間40分。午後1時に始まった試合は2時40分に終了していた。同スコアのロッテと楽天の試合は3時間35分。単純比較すると、2試合やってもなお時間が余るという計算だ。
 グレートリングは別所が1人で投げ切り、ゴールドスターズも先発の江田孝、2番手の内藤、そして末崎正隆投手と3人を投入しただけ。選手の数が投手と野手合わせて30人もいない時代、そうメンバーをとっかえひっかえするわけにはいかなかった。
 2時間台で終われば早い方の現代のプロ野球。高校野球でも1時間台はそう多くはない。複雑なサインの交換もなく、攻守交替はプロでも全力疾走の時代。野球技術は当然、今の方がはるかに上で、往年の名選手といわれるメンバーでも技量的に「?」付く選手はいるが、単純に力いっぱい投げて力いっぱい打つという、野球の原点がそこにはあった。
 互いの駆け引き、野球独特の間合い、心理戦、頭脳戦…。だからこそ野球は面白いのだが、とてもシンプルにプレーをしていた時代の驚くような記録に思いをはせるのも、プロ野球の歴史を知る上で悪くはないものだ。

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