日めくりプロ野球 7月

【7月13日】1979年(昭54) 野球用具が届かない!前代未聞の試合中止

[ 2010年7月1日 06:00 ]

 待てど暮らせど大型トラックが後楽園球場に滑り込んでくる気配はなかった。試合開始50分前。パ・リーグの工藤信一良会長は苦渋の決断を下した。
 「誠に遺憾ではあるが、試合を開催することは不可能と判断せざるをえない」。梅雨の合間の晴天。コンディションは良好にもかかわらず、日本ハム―南海の後期3回戦は中止となった。南海の選手の野球用具やユニホームが球場に届かないためという、前代未聞の理由だった。

 前日の12日、日生球場で近鉄戦を終えた南海は用具一式を契約している運送会社のトラックに預けた。「後楽園に正午までに届けてほしい」。南海の1軍マネジャーは運送会社に依頼した。いつもなら何の問題もなく到着する荷物に、念を押して頼んだのは大きな事故の影響を懸念してのものだった。
 7月11日、東名高速道路の日本坂トンネル(静岡市)で、車両の多重追突事故が発生。火災が起こり7人死亡、車両173台が焼失するなど、日本交通史上最悪の事故が起きた。この影響で東京へのメーンルートが遮断された状態になったことから、南海は東京に無事用具が着くかどうか心配していた。
 運送会社は名古屋から中央高速道路に入るルートを選択、予定通りに到着するだろうと予測していた。しかし、人間の考えることは皆同じ。多くのトラックがこのルートを選んだことから、通行量が激増。大渋滞を引き起こし、立ち往生することになった。
 南海の選手はというと、午後2時には新幹線で東京に到着。後楽園入りしたが、練習しようにもキャッチボールすらできない。広瀬監督や森本球団代表は慌てるばかり。球団から運送会社に連絡をとったが、携帯電話もGPSもない時代。「中央道の大渋滞に巻き込まれたらしい」という以外、トラックの現在地すら把握できなかった。
 ようやくトラックの運転手から連絡が入ったのが、午後4時半。「今、山梨県の大月付近にいる。通常なら1時間のところを6時間くらいかかっている。試合開始までには到着できない」。絶望的な現状報告だった。結局、後楽園にトラックが着いたのは午後8時10分。大阪を出てから21時間以上が経過していた。
 「南海さん、困るで」と苦言を呈したのは、日本ハムの三原脩球団社長。「厳密に解釈すれば没収試合となって日本ハムが9―0で勝ち、となっても不思議ではない。しかし、不可抗力という工藤会長の判断を尊重して了解した。しかし、事故発生はおとといのこと。最悪の事態を想定し、選手に荷物を持たせるなど何か手はあったはず。対応に疑問が残る」。入場料金、弁当などの損害はざっと700万円程度。フロントとしては納得のいかない中止だった。
 実は西武も前夜西宮球場で阪急と対戦。この日は地元でのロッテ戦のため移動しなければならなかったが、用具はというと南海同様トラックで運ばなければならなかった。
 しかし、中央道の混雑を予測した西武の用具を扱う業者は、東名で行ける所まで行き、その後は一般道を走り、ルートを工夫しながら再度東名に入るといったやり方で午後2時までに所沢へ一式を届けた。西武にできて、なぜ南海に…。ホークスの関係者がしばらくの間、針のむしろに座らせられたような気分だったのは言うまでもない。

続きを表示

バックナンバー

もっと見る