日めくりプロ野球 7月

【7月12日】2008年(平20) 先輩の面目保った多田野数人 超“遅球”で後輩に勝つ

[ 2010年7月1日 06:00 ]

 【日本ハム9―6ソフトバンク】この日が来るのを心待ちにしていた。が、勝負はまた別。5歳年の離れた先輩右腕は後輩右腕に負けるわけにはいかなかった。
 札幌ドームの日本ハム―ソフトバンク13回戦の先発はファイターズが多田野数人投手、ホークスが大場翔太投手。ともに08年にドラフト1巡目でプロ入りしたルーキー同士の初対決となった。
 この2人、ともに母校は千葉・八千代松陰高。プロに入るまでのルートは違えど、自主トレまで一緒に行なった兄と弟のような関係。「同じ試合で投げ合えてうれしかった」と多田野は話したが、互いを意識したのか力んでしまい、双方譲らずの投手戦にはならなかった。

 150キロのストレートを持ちながら、四球で走者をためて痛打を食らった大場。12試合目の登板にして、ワーストの9失点で4回KO。高山郁夫投手コーチからは「1軍レベルの投球ではない」と切り捨てられ、2軍行きまで示唆される始末。「全部悪かった。本当にすみません」とだけ言うのが精いっぱい。先輩と投げ合った感想などとても口にできないほど落ち込んだ。
 一方、10試合目の登板の多田野もほめられた内容ではなかった。「先頭打者を何度も出して、自分の思うようなピッチングでは…」と口ごもってしまった。打線の援護があったことで、3回から6回まで毎回1点ずつ奪われたのも試合の大勢に影響はなく、5勝目をマークしたが、はっきり言って後輩の自滅で付いた白星だった。
 両投手ともピリッとしない中で、多田野がその真骨頂を見せたのが6回。1打席目に本塁打を打たれた、マイケル・レストビッチ一塁手との対戦。いつもどおりの投球モーションから投げたボールは超山なりのスローボール。推定速度40キロの遅すぎるボールで打ち気をそぐと、結局最後は三振に仕留めた。6月18日の広島戦で初披露した超“遅球”。約1カ月ぶりに投げ、3万人超の観衆を大いに沸かせた。
 立教大を卒業後、わけあって日本の球界ではなく、渡米した多田野。40キロ台の超スローボールは、大学時代から投げていた抜き球を応用させたもの。弱肉強食、生存競争が厳しいアメリカで生き残っていくための、多田野が磨きをかけた武器だった。
 誰が呼んだか知らないが通称「ただのボール」。ニューヨーク・ヤンキースの主砲アレックス・ロドリゲス内野手も「ただのボール」の餌食となり、打ち取られた1人だった。
 03年、クリーブランド・インディアンスのマイナーで投げ、翌年メジャー昇格。15試合1勝1敗の成績を残した。しかし、5年間の米国生活の大半はマイナー暮らし。「メジャーと違って旅から旅、試合から試合の毎日。食事をまともに取る時間も場所もなく、スポーツドリンクだけで試合に臨んだこともあった。あした急にクビになってもおかしくない環境で投げていただけに、今この一瞬が大事なんだと思えた」。
 遅れてきた新人は1年目、7勝(7敗)をマーク。遠回りが決して無駄ではなかったことを証明した。

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