日めくりプロ野球 7月

【7月9日】1968年(昭43) 大投手・金田正一、記念すべき1000試合出場はなんと代打

[ 2010年7月1日 06:00 ]

 【巨人3―1広島】3試合続けての延長戦となった巨人。10回裏、先頭打者は途中出場の末次利光右翼手だったが、川上哲治監督はおもむろにベンチから出ると、岡田功球審に歩み寄った。
 「ピンチヒッター、金田」。後楽園球場のスピーカーから聞こえてきた名前に3万9000人の観衆はどよめいた。前人未到の通算400勝まであと11勝。球界を代表する左腕がなんと延長戦でトップを切って代打で出てくるという、今では到底考えられない起用だった。

 ここまで巨人は広島の先発安仁屋宗八投手の前に9安打を放ちながら1点しか取れなかった。「こういう試合は往々にして一発で試合が決まる」と読んだ川上監督。投手とはいえ、19年間の現役生活で通算38本塁打を放ち、国鉄(現ヤクルト)時代からしばしば代打出場していた。ベンチでくすぶっている控えの打者よりも、バッティングは期待できる、そういう存在だった。
 「いっちょ、サヨナラホームランでもかっ飛ばしてくるかいな」張り切って左打席に入ったカネやん。「金田っ、お前、肘痛くて投げられんからバッターに転向したのかっ?」とキツい野次が飛ぶ中、フルスイング。が、力んだ打球は今津光男遊撃手への力のない飛球に。ホームランどころか出塁できずに終わった。
 凡打に終わった金田に、先に現役を退いた藤田元司投手コーチが右手を差し出し、握手を交わした。実は金田、この試合で通算1000試合出場を達成した。プロ野球131人目だが、投手登録でこの記録に到達したのは元阪急の野口二郎投手のみ。野口は通算1089試合出場だが、投手としては517試合、打者として572試合とほぼ半々で出ていた。
 金田はこの時点で投手として911試合、代打など打者としては89試合に出場。投手が本業の金田にしてみれば「本音は(1000試合は)マウンドに立ちたかった。勝ち投手で飾りたかった」というのが本音だったが、川上監督は知ってか知らずか、金田の節目の試合に登板を命じなかった。
 ベンチに戻った金田はしばらくぼう然と一点を見つめていた。何を考えているのか、少なくともいつも快活で派手なパフォーマンスをする背番号34ではなかった。川上監督に投手として見てもらっていない…。これまでそういう状況になると反骨心で跳ね返してきたが、この日の金田はどこか寂しそうだった。
 この68年はかろうじて2ケタの11勝(6敗)をマークしたものの、肘の痛みは尋常ではなかった。金田が引退を現実の問題として考え出したのも、引退前年のこの夏くらいからだった。
 あらゆる投手記録を持つ金田だが、通算38本塁打は最多。うちサヨナラ弾も2本ある。通算安打は406本で打率は1割9分8厘、打点177。入団から11年連続本塁打を放ち、記録が途切れた翌62年にはシーズン6本塁打を放った。
 投げても打っても400勝投手は他の選手とはスケールが違った。
 

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