日めくりプロ野球 7月

【7月4日】2009年(平21) 史上“最も遅い男”石井琢朗 横浜戦で感慨深い一発

[ 2010年7月1日 06:00 ]

 【横浜13―7広島】横浜スタジアムで赤いヘルメットをかぶって打席に立つのは、ファンから見ればかなり違和感があった。しかも横浜のエース、三浦大輔投手から記念の1発を放ったとなれば、それこそ信じられない話だった。
 横浜で20年、広島に移籍して1年目の石井琢朗遊撃手が5回、シーズン1号本塁打を右翼席中段に打ち込んだ。新天地での初の一撃は、通算100号本塁打でもあった。

 「まさか横浜以外のユニフォームを着て打つとは前は思ってもみなかった」と石井。しかも、苦楽を共にした三浦から、もちろんベイスターズ戦初アーチがメモリアル弾になるというめぐり合わせは奇跡的ですらあった。「このスタジアムで昔の仲間、ファンの皆さんの前で打てたことはとても嬉しい。三浦君から打てたことは感慨深い」。
 思えばプロ初本塁打もこの横浜、しかも相手は広島だった。チーム名がまだ大洋だった92年7月26日、広島18回戦の初回、2番・三塁で出場の石井は、北別府学投手から100号と同じ右翼席へアーチをかけた。
 投手から転向して1年目。200勝を達成した球界を代表する右腕からの記念弾に「北別府さんから打てて光栄です。入ってくれって祈りながら走りました」。
 これも偶然だが、1号も100号もチームの勝利には貢献できず、いずれも相手チームに13点取られて大敗するという展開。100号弾で5点差に広げて、白星で祝うことができるはずだったが、石井がかつて中心的存在でもあったベイスターズの「マシンガン打線」をほうふつさせるような、猛攻にさらされて大逆転負け。「何のコメントもなくなっちゃったよ」と苦笑して球場を後にした。
 石井の100号本塁打はプロ野球256人目。21年目での大台到達は、20年のヤクルト・八重樫幸雄捕手の20年を上回り、史上最も遅い達成となった。試合数も2202試合かかっており、これも68年(昭43)に1773試合で到達した、東映(現日本ハム)の毒島章一外野手をはるかに上回る“最も遅い男”となった。
 09年7月29日、神宮でのヤクルト13回戦では川島亮投手から左前打を放ち、単打の数が1825本となった。南海など3球団で通算2901安打を放った野村克也捕手が記録した1824本の単打数を上回り歴代2位となった。
 「積み重ねてきたものだから感慨深いものがある」と石井。歴代1位は張本勲外野手の2089本。石井は10年7月3日現在、1858本とまだかなり開きがあるが、10年7月4日の横浜11回戦(マツダスタジアム)で2安打を放ち、通算安打数2373本となり、落合博満内野手の2371本を上回り、歴代10位となった。
 8月で40歳。現役にこだわり続け、横浜を飛び出したスタープレーヤーが己の限界まで全力を尽くす姿は、他球団のファンでも魅了してやまない。

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