日めくりプロ野球 7月

【7月28日】2007年(平19) 松坂、堀内に並んだ田中将大、“親離れ”で“地元”初勝利

[ 2009年7月1日 06:00 ]

苦しみながらも8勝目を挙げた田中。堀内、松坂に並ぶ記録に周囲の期待はさらに膨らんだ
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 【楽天4-3オリックス】球は走らないし、コントロールは甘い。1週間前のオールスター第2戦で火だるまになった投球をそのまま引きすずっているかのように、楽天・田中将大投手の調子は良くなかった。
 それでも7回まで8安打3失点にまとめ、シーズン8勝目をマーク。試合後のコメントは18歳ルーキーとは思えない、チームの大黒柱のようなセリフだった。

 「粘れたことが勝ちにつながったと思う。チームの流れが悪い時は自分が止めてやるという気持ちでマウンドに上がっている」。これでシーズン6度目の連敗ストッパーとなり、チームも1日で最下位を脱出した。
 65年のドラフト制以降、高校卒の新人投手で7月中に8勝をマークしたのは、66年の巨人・堀内恒夫投手、99年の西武・松坂大輔投手とこの田中の3人だけ。堀内、松坂ともシーズン終了までにはともに16勝まで勝ち星を積み重ねた。田中は11勝。5勝少ないかもしれないが、海千山千のプロ野球選手の中で、高校を出たばかりの投手が2ケタ勝つだけでも奇跡的なことだった。
 「マー君は70点。スピードないし、コントロールもない。まあ、よく3点で収まったな。悪いなりにもなんとかした?まあ、そうだな」。野村克也監督の評価は辛口に聞こえるが、最後に言った「まあ、そうだな」はノムさん流の褒め言葉。田中を既に主戦投手と認めているからこそのぶっきらぼうなコメントだった。
 高校は北海道・駒大苫小牧だが、マー君は兵庫県出身。スカイマークスタジアムは地元そのものだった。しかし、プロ入団以来、オープン戦も含めて過去3試合、関西では1度も勝っていなかった。何か流れを変えるきっかけを探していたところ、思いついたのが“親離れ”だった。
 関西遠征の際は、必ず兵庫県伊丹市の実家に1泊していたが「さすがに(関西で)1回も勝っていないし、今回はやめておきます」。“親離れ”したマー君。悪いなりにも両親が観戦した試合で勝ち投手になった。ソフトバンクと交流戦でのセ・リーグ相手にしか、白星がなかったが、関西初勝利と同時に対オリックス戦も初勝利となった。
 マー君が登板すると、よく打ったのが田中が生まれた時には既に中日の選手だった山崎武司内野手。田中の登板した18試合で7本塁打をかっ飛ばした。
 この日の34号本塁打は、79年に巨人・王貞治一塁手が放った33本塁打を抜く、39歳最多本塁打記録だった。「まさか王さんの記録を抜けるなんて…。ジーンとくるね」と山崎。マー君登板の時になぜ打てるのか聞かれると「若いピッチャーやし、援護してやらんと。田中には“お前が投げる時は絶対、打ってやるからな”って、自分に言い聞かせる意味でもアイツに言っているんだ」。
 バックに投げる後姿で何かを訴えた18歳。堀内、松坂同様、田中も背番号18。18番はやはりエースナンバーなのである。

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