日めくりプロ野球 7月

【7月5日】1997年(平9) “王”間違い!ピッチャー吉田豊彦のはずが…

[ 2009年7月1日 06:00 ]

6年連続50試合登板するなど、丈夫で長持ちだった吉田修。プロ野球史上初の100ホールドも達成した。通算37勝32敗23セーブ
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 【近鉄11-8ダイエー】「ピッチャー、吉田修司」。ダイエー・王貞治監督が林忠良球審に投手交代を告げた時、ベンチもブルペンも一斉に声を上げた。
 「監督、修司じゃなくて、(吉田)豊彦ですよ」。村田兆治投手コーチの言葉に、ベンチに帰ってきた王監督も声を上げた。が、後の祭り。一度コールした選手交代は投手の場合、基本的に1人の打者が終わるまでに投げないと再度交代はできない。近鉄打線につかまり逆転された5回、本来短気な王監督がさらに冷静さを失ってやってしまった“王”間違いだった。

 同じ吉田姓はともかく、同じ左腕。同じリリーフ役でもあり、大差はないようにも思うが、出番が近いとあらかじめ伝えられていた吉田豊はブルペンで肩が出来上がり、すぐ投げられる状態だったのに対し、吉田修はといえば、試合終盤に備えてようやく捕手を立たせたままで軽いキャッチボールを始めたばかり。「修司は(試合で)まだ行ける状態じゃない」。ブルペンの誰もが真っ青になった。
 それ以上に真っ青だったのが吉田修。マウンドで7球の投球練習で肩が温まるわけもない。2死一、二塁で2番武藤孝司遊撃手を迎えたが制球が定まらず四球。満塁でタフィー・ローズ右翼手と相対さなければならなくなった。
 ストレートが走らず、変化球で交わそうとしたが、センターへ弾き返され、2点を追加された。この回一挙5点。火消しどころか、監督の言い間違えが火に油を注ぐ結果になってしました。このつまづきが最後まで響き、順番を間違えられた吉田豊も4失点。吉永幸一郎捕手の7回と9回に飛び出した2打席連続本塁打も空砲に終わり、ダイエーは福岡ドーム7連勝を逃した。「オレが間違えた。選手は(反撃して)盛り上げてくれたが、オレが悪い」と王監督。この年のダイエーの最終成績は63勝71敗1分け。日本ハムと全く同じ成績で4位。この試合を勝っていれば、単独4位になっていたことになる。対近鉄も勝っていれば13勝13敗1分けのタイで閉幕出来たはずだった。
 ところで王監督、言い間違えの“前科”があった。95年5月30日のオリックス8回戦(福岡ドーム)の7回、斉藤学投手の交代を告げようとしたところ、王監督の口から出た名前は「斉藤貢」。一度肩を作って休んでいたところを突然呼ばれた貢投手は、4球で後続を打ち取り事なきをえたが、これをきっかけにホークスでは同姓の選手の登録名変更が行われた。斉藤の場合、学投手を「斉藤」に、貢投手を「ミツグ」に“改名”。さらに斉藤和巳投手も「カズミ」とした。
 監督の中にはひらめきで投手コーチと決めた投手を告げず、違う名前を球審に伝え、ブルペンを大慌てさせる監督もいるにはいるが、単純ないい間違えはなかなかいない。そういえば、ONのもう一人、長嶋茂雄監督も代打でよく名前を間違えたという逸話がある。ただ、ミスターの場合は、間違えたという自覚が全くなく、その後も気がつかないという。こういう信じられない場面があるからこそ、野球にドラマが生まれるのだ。

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