日めくりプロ野球 7月

【7月3日】1969年(昭44) 11打数無安打なのに4番 柴田勲、最初で最後にハッスル!

[ 2009年7月1日 06:00 ]

まだ背番号が12だった当時の柴田の右打席でのバッティング。おなじみの7番になったのは翌70年から赤い手袋で颯爽と塁間を駆け抜ける姿に女性ファンも多かった
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 【巨人4-1阪神】カウント2-2。5球目のカーブは珍しく真ん中高めに甘く入った。巨人・柴田勲中堅手のバットが一閃。打球はグングン伸びて、甲子園球場の左翼ラッキーゾーンへ吸い込まれていった。
 三塁側ベンチで微笑む川上哲治監督。どうして?あり得ない、と誰もが思っていた打線の組み換えが初回にズバリ成功した。1番高田繁左翼手の先頭打者アーチに続き、巨人軍第36代4番に座った柴田の7号2点本塁打で巨人は天敵・江夏豊投手から3点を奪った。

 「監督さんから“4番だぞ”といわれた時は冗談だと思っていたのに、スコアボード見たら長嶋さんと王さんにはさまれているんだ。もう、ビックリしたのなんのって」。定位置は1番の柴田が目を丸くした。ここまで打率2割5分4厘で6本塁打。最近特に当たっているわけでもなかった。
 その柴田がなぜ4番?対江夏はここまで11打数無安打。開幕からジャイアンツ相手に30回3分の2を無得点に抑え、マークした3勝はすべて完封だった。「柴田が4番じゃどうにもならないだろう。川上さんどうしちゃったんだ?」ベテランの巨人担当記者も周囲もその意図が容易に分からなかった。
 川上の4番・柴田の理由はこうだ。「柴田を4番にしたのは当たっているとか、当たっていないということではない。刺激療法だ。違ったムードで苦手意識のある江夏に対するという意味以外なにもない」。
 「長嶋さんや王さんだって江夏を簡単に打てないんだから…」、という、言い訳にも似た気持ちが柴田の中には少なからずあった。そんな柴田に川上監督は巨人の4番打者という重責を担わせることで、目の色を変えさせようとした。「何としても打たなくては…の一心だった。生まれて初めての4番だし、5番に下がった王さんにも申し訳ない」と柴田。発奮した柴田の一撃が結局決勝点となり、巨人は7月に入って初めて江夏に勝った。
 「打ってみたらどうってことないって気持ちになった。今まで意識しすぎてたんだな。江夏のボールに。球は確かに速いが、変化球も時々甘いところに来る。もうそんなに怖くない」。柴田と巨人ナインは江夏に抱いていた恐れから解放されつつあった。
 7月15日、後楽園での阪神11回戦。調子がいつもほどではなかったとはいえ、巨人打線は6回に江夏をつかまえ4安打を集中して3点を奪い、3回の1点と合わせて計4点を挙げ、江夏をKO。リリーフ投手陣にも襲いかかり、6回は一挙7点のビッグイニングで阪神を叩きのめした。柴田の一撃で江夏に対する苦手意識がチーム内で払拭された巨人は、あとはV5へと突き進むだけだった。
 実働20年、2208試合に出場し通算2018安打を放った柴田が、スタメンで4番に名を連ねたのは後にも先にもこの1回きり。08年のアレックス・ラミレス左翼手まで巨人74選手が4番打者を担ったが、1試合のみというのは、初代の永沢富士雄一塁手を含め13人。うち本塁打を放ったのは柴田のみ。ONが両者試合に出場していながら、4番を打ったのも柴田が最初で最後。生涯一度の体験は最高の思い出となった。

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