日めくりプロ野球 7月

【7月30日】2005年(平17) 40歳5連勝 お前が生まれる前からプロでメシ食っとるんや!

[ 2008年7月28日 06:00 ]

40歳で5連勝を飾ったオリックス・吉井。ダルビッシュが生まれた86年は1軍で2試合登板しただけだった
Photo By スポニチ

 【オリックス3-1日本ハム】元大リーガー、40歳。億を超える年俸をもらっていたこともあったが、テスト採用の今は2軍選手並みの500万円。それでもマウンドに立ちたかった。完全燃焼するその日まで…。
 釧路での日本ハム-オリックス10回戦。オリックス先発の吉井理人投手は5回5安打1失点で、開幕から負けなし5勝目をマークした。相手投手は日本ハムのゴールデンルーキー、ダルビッシュ有、弱冠18歳。年俸はプロ22年目の吉井の3倍にあたる1500万円をこの世界で1勝もしてないうちから保障されていた。

 この大物新人投手が生まれた時、吉井はプロ3年目。「ええ、投手やね。ピッチングのコツを知ってるちゅんかな。1球1球が素晴らしい」とダルビッシュを褒めちぎりながらも、自身のキャリアがそれに勝ったことを、なにげなくプライドを漂わせながらそれとなく口にした。
 釧路特有の強風にまず注目した吉井。「逆風だしホームランは出そうにない。だから怖がらずにどんどんストライクゾーンで勝負しようと思った」。直球はいいところ140キロ。ダルビッシュと比べれば10キロ以上の差があった。それでも内角を突いた。真っ直ぐ中の組み立てに要所で変化球を織り交ぜ、打たせて取る投球を披露。味方が点を取るまで辛抱した。
 5回、先に根負けしたダルビッシュだった。それまでの1安打投球がうそのように、3本の長短打と2四球、暴投も加わって3失点。ガルシア右翼手にガツンと二塁打を浴びると、先取点をやるまいと力んだ結果の3点だった。
 その裏、小笠原道大三塁手の二塁打で1点を奪われたが、勝ち投手の権利を得て吉井は86球でお役御免。ピッチングとは何かを18歳の新人投手に教えた、わけではなかったが、球速や制球力だけではない、「それ以外の何か」を持っていた吉井に軍配は上がった。
 40歳投手の5連勝はパ・リーグでは初めて。球界でも04年に巨人・工藤公康投手が41歳で記録しただけ。40歳投手が10代の投手に勝ったのは、85年8月7日の西武-近鉄14回戦(西武)で40歳の西武・高橋直樹投手が19歳の近鉄・小野投手に勝って以来、実に20年ぶりのことだった。
 釧路といえば吉井にとって思い出の地でもあった。1992年、当事近鉄にいた吉井は仰木彬監督に命じられ「ビールジョッキ一気飲み大会」をした。調子が悪く、ファーム行きかどうかの瀬戸際にいた吉井は監督と約束をした。「これを飲み切ったら、1軍残留」。吉井は見事に大ジョッキを飲み干した。まだ20代の頃の話だった。今は近鉄というチームもなくなった。思い出すと懐かしく、歳月の流れの早さを感じずにはいられなかった。40歳を迎えるに当たって“失業”のピンチを救い、もう一度投げる場所を与えてくれたのも、オリックスの監督に復帰していた仰木監督だった。
 ダルビッシュはこれがプロ初黒星。「初めて負けた?別に気にしてません」と短い言葉だけを残したが、球威では完全に勝っていた盛りを過ぎたベテランの“オヤジ”投手に負けたショックはありあり。夕方の釧路の北風は新人投手のほおに冷たかった。
 あれから3年。日本ハムの投手コーチは吉井。その投手コーチが全幅の信頼を置いているのが、球界のエースに成長したダルビッシュである。

続きを表示

バックナンバー

もっと見る