日めくりプロ野球 7月

【7月20日】1996年(平8) ドラちゃん涙の3点弾 賞金200万円は「息子の入院費」

[ 2008年7月18日 06:00 ]

球宴第1戦で3点本塁打を放ちMVPを獲得した近鉄・山本和範。南海時代にもMVPを獲得しており、2球団で球宴最優秀選手賞は当時4人目だった
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 【全パ7-4全セ】アトランタ五輪開幕日。そんな日に誰が見るんだ、とまでいわれた96年のオールスターゲーム第1戦(福岡ドーム)。球宴史上3人目となる、オリックス・イチロー外野手の初球先頭打者本塁打をもしのぎ、MVPになった男の笑顔と涙に、集まった3万2296人の野球大好きファンは、オリンピック以上の感動を覚えた。
 「この福岡で、いろいろな思いが詰まった一打でしたね」。インタビュアの笑顔の質問に、38歳のプロ20年生の顔がゆがんだ。「そんなことないですよ…」。強がってはみたが言葉が続かなかった。口元に手をやり、必死にこらえている。目は真っ赤だ。崩れ落ちそうな近鉄・山本和範外野手の体を後ろから、優しく抱えてくれたのは優秀選手に選ばれ、横に立っていた巨人・落合博満内野手。普段クールな男が、福岡でどうしても打ちたかった苦労人のヒーローインタビューをなにげなく支えてくれた。

 6回一死一、三塁。打順は地元福岡ダイエーホークスの若きスラッガーだった、小久保裕紀二塁手に回った。最大の見せ場だったが、全パのオリックス・仰木彬監督はここで使う選手を決めていた。「ドラちゃん、出番やで」。ドラキュラが変じてドラちゃんのニックネームを持つ山本がピンチヒッターに指名された。
 福岡・戸畑商高出身。前年までホークスの選手だった。自由契約となり、かつてクビを宣告された近鉄に拾われた。思い出いっぱいのこのグラウンドに立たせてくれたのは、40万6626票にもなるファンのもう一度、故郷・福岡で勇姿をという一途な思いだった。仰木監督は近鉄時代のコーチ。福岡と山本の関係を知らないはずがない。試合中ずっと描いていた演出だった。小久保が代えられたことで文句を言う観客はいなかった。
 突然の指名にバットを「3回しか振らずに打席に入った。慌てたね」という山本。ただ、これだけは忘れていなかった。「こんなオレを選んでくれたファンのためにもぶざまなバッティングはできない」。マウンド上は阪神のエース藪恵一投手。「フルスイングするだけや」と真っ直ぐだけを待った。
 藪も真っ向勝負に出た。初球はアウトコース高めのストレート。山本のバットが一閃すると、低い弾道ではあったが、福岡ドームの高いフェンスを見事に越えた。球場中のボルテージが上がった。福岡でもう一度打ちたかったホームラン。それが球宴という華やかな舞台での一発。オールスターでの通算4号アーチは過去のどの本塁打よりも嬉しかった。「チョベリグ!チョベリグ!」。今となっては懐かしい女子高生が連発する流行言葉を口にして、テレ隠しするドラちゃんだった。
 もう一つ、嬉しい理由があった。球宴を楽しみにしていた山本の長男(11)が、病原性大腸菌O-157に感染。大阪の病院に入院中だった。「一時は野球どころじゃなかった。大事な息子がもしかしたら…と思うと」。退院のめどが立ち、ひと安心してのぞんだ5回目のオールスター。86年の第1戦(後楽園)でMVPを獲得して以来、2度目の最優秀選手に選ばれた山本は賞金200万円を「息子の入院費にします」と使い道をはっきり断言すると、感激の涙をふいて、つぎの舞台である東京ドームへと向かった。

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