日めくりプロ野球 7月

【7月22日】1981年(昭56) オレ流も“初体験”で腹が減った もりそば7枚ペロリ

[ 2008年7月18日 06:00 ]

ロッテ時代の落合博満のバッティング。左右に打ち分ける技術は「打撃の職人」と呼ばれた山内一弘監督も舌を巻いた
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 【ロッテ9-3近鉄】「オチ、もういい加減にしとけよ!」。ロッテ・山内一弘監督が半分呆れながら、もりそばをおいしそうに食べる27歳の内野手をたしなめた。きょとんとしながら、最後のひと口をツルリと流し込んだのは、入団3年目の落合博満二塁手。石川県立野球場での近鉄とのダブルヘッダー第1試合終了後、約30分の休憩を利用しての夕食時だった。

 次も試合があることを考えれば、いくらおなかが減っても軽食程度に済ませるものだが、落合は違った。なんともりそばを7枚ペロリと平らげた。「夏になると食欲が出て仕方がない。それにめん類は大好きだしね」と落合。しかし、食欲だけが理由ではなかった。落合にとって第1試合で大役を果たしたことが、さらに箸を進めさせていた。
 近鉄後期5回戦で落合はプロ入り初の4番に座った。それまでのレオン・リー内野手が死球で手首を骨折。前日21日の近鉄4回戦で、右翼へ逆転3ランを放り込んだバッティングを見込んで、山内監督が4番に抜てき。“初体験”で4打数2安打1四球と、堂々のデビューを飾った。3回には久保康生投手から中前打を放つと、これが口火となりロッテは4点を入れて早々と試合を決めた。
 記念すべき初4番の日に、落合は西武・石毛宏典内野手の打率3割3分8厘を上回り、3割4分で首位打者に躍り出た。プレッシャーのかかるようなシーンで「それなりに打てばいいんですよね」と福田昌久打撃コーチに言ってから打席に入り、いきなりマルチ安打。「もう怪物というか、何というか…。物怖じしない、こんな選手見たことがない」。福田コーチは何度も首をひねった。
 「どうせ1試合だけの天下ですよ。次はきっと落ちているから見ていてくださいよ」と人事のように笑う落合だったが、第2試合も4番は「二塁・落合」。近鉄2回の攻撃中に雷雨が激しくなりノーゲームとなって打席には入らなかったことで「ひと晩命が延びました」と笑って球場を後にした。
 4番・落合はその後、オールスターを挟んで10試合続いた。32打数13安打2本塁打6打点で打率4割6厘。この間、ロッテは5連勝を含む7勝2敗1引き分けと白星を重ね、落合は4番としての重責を全うした形となった。
 この年、3割2分6厘で首位打者を獲得すると、82年は入団4年目にして三冠王に輝いた。今度こそ4番定着かと思われたが、実は15試合しか務めていない。83年に68試合と飛躍的に増えると、84年には出場した129試合すべて4番に入った。皮肉にも初の全試合4番のシーズンは無冠に終わった。
 落合は98年に日本ハムを最後に引退するまで4球団で4番として活躍。20年の現役生活で出場2236試合中、4番に座ったのは1734試合。比率にして77・5%は憧れの巨人・長嶋茂雄三塁手の66・8%も世界の本塁打王、王貞治一塁手の43・5%をも大きく上回っていたことはあまり知られていない。

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