日めくりプロ野球 7月

【7月17日】1993年(平5) 「あと1人」から飛び出した満塁弾 巨人5度目の屈辱

[ 2008年7月14日 06:00 ]

9回表二死満塁、ヤクルト・古田敦也が左翼ポール際に逆転満塁本塁打を放つ。石毛からシーズン2本目の値千金の一発だった
Photo By スポニチ

【ヤクルト10-7巨人】これも相性なのだろうか。球宴前最後の2連戦の初戦、巨人-ヤクルト14回戦(東京ドーム)の9回、二死満塁で打順は3番・古田敦也捕手に回ってきた。
 「パチン、パチン」。2度頬を自らの右手で叩き気合いを入れ直して打席に入った。得点差は1点、満塁だが二死。マウンドには巨人36勝のうち24試合に絡んでいた守護神・石毛博史投手がいた。

 ただ、この日に限って言えばストッパーの出来は最悪だった。この3連戦の前、札幌での炎天下の3連投の影響があったのか、いつもの速球のキレがなく、変化球の制球も定まらない。出した走者が四球3つというのがそれを物語っていた。
 カウント2-1。あと1人、いやあと1球。石毛-村田真一捕手が選んだのインコース高めのストレート。ボール気味の球を振らせる狙いがあった。頭に死球を受けて以来、インコースに腰が引けるようになってしまった古田は内角がウイークポイントになり、各球団から徹底的に責められていた。
 古田も読んでいた。「インコースが来る。逃げたらアカン」。ストレートがくれば、行こうと決めていた。
 見送ればボールだった。だが、行くと決めたバットは止まらない。脇をたたんで体を回転させて捉えた打球は左翼ポール際に上がった。「キレろ、キレろ」巨人ファンがそろって絶叫するが、無情にも打球は左翼スタンドの中段付近に落ちた。起死回生の逆転満塁本塁打。一塁側ベンチの巨人・長嶋茂雄監督がクルリとグラウンド背を向けた。
 “また古田か…”。5月25日、神宮でのこのカード6回戦。9回5-4と1点リードも、古田が同じく石毛からバックスクリーンへサヨナラ3点弾を浴びていた。悪夢の再来に背番号33の肩は落ち、向き直っても視点は定まらなかった。
 一方、三塁側の野村克也監督は笑いが止まらない。監督として節目の1500試合目。手塩にかけてきた愛弟子の完璧な一撃は、何よりのプレゼントになった。その裏、無死一、三塁も併殺で切り抜けた古田がベンチに戻ってくると、満面の笑みで肩を抱いた。
 「野球は何があるかわからんのお。満塁ホームラン?サッカーにはない醍醐味や。それにしても古田や。千両役者だねぇ」。普段勝っても冷静な指揮官はいつになく大声で能弁だった。
 13年ぶりに復帰した、長嶋監督の苦しい戦いは続いた。これで36勝37敗。2位とはいえ、首位ヤクルト以外はすべて借金生活。その差は5・5と開いた。翌日、エース斎藤雅樹投手が完封勝利を挙げ、球宴前の折り返し地点で借金は免れゲーム差も4・5に縮まったが、勝率は5割ジャスト。過去巨人が貯金なしでの折り返したのは、長嶋監督が前回辞任した80年以来5回目。優勝は73年のV9達成のシーズンしかなく、この93年も、順位こそ3位でAクラスをキープしたが、借金2に終わった。
 球宴前に4・5差がありながら逃げ切れなかったチームは64年の大洋の1回(当時)のみでV率94%。ヤクルトもその通り優勝を飾り、15年ぶりの日本一まで達成。オールスター前の古田の一発が両チームの命運を分けたと言っても過言ではないシーズンだった。

続きを表示

バックナンバー

もっと見る