日めくりプロ野球 7月

【7月15日】1998年(平10) マシンガン炸裂!MKT砲に打ち勝ち34年ぶり首位折り返し

[ 2008年7月12日 06:00 ]

サヨナラ打を放った波留敏夫は(右から2人目)はヘルメットを高く上げ、半分泣きながらナインの祝福を受けた
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 【横浜13-12巨人】帽子を飛ばして走った、巨人・松井秀喜中堅手の懸命のスライディングも及ばなかった。“突貫小僧”こと横浜の2番・波留敏夫中堅手が放った二死二塁からのセンター右への大飛球はフェンスを直撃した。
 赤い手袋をはめたまま、ガッツポーズを繰り返す波留の顔は涙でくしゃくしゃ。そこへ駆け寄ってきたベイスターズナインに頭を叩かれまたくしゃくしゃ…。3回表まで7点ビハインドのワンサイドゲームが、終わってみれば13-12。両軍ノーガード20安打ずつの殴り合い。猛打賞は8人を数えた。
 やられてもやられても追いつき、そしてサヨナラ勝ちした横浜の執念に「鳥肌が立った。グラウンドで恐ろしいと思ったのは、あの1度きり」とある巨人の主力選手は語った。

 巨人は2夜連続のサヨナラ負け。「落とすはずがない、落としてはいけない試合を…」。長嶋茂雄監督の言葉はかすれ、それ以上続かなかった。長嶋監督の言うとおり「落とすはずのない」ゲームだった。初回、4番・清原和博一塁手が斎藤隆投手から左翼へ先制の14号3点本塁打。これをきっかけに3回まで斎藤に10安打を浴びせ7点を奪いKO。楽勝ムードだった。
 4回裏に先発の桑田真澄、リリーフの平松一宏両投手から単打ばかりで7連打した横浜は1点差に追い上げたが、7回に3番・松井がバックスクリーン直撃の特大20号ソロで突き放し、さらに1点を追加し3点差。こう着状態だったゲームを動かした松井のひと振りだったが、それがマシンガン打線を再び刺激した。すぐに3点を奪い同点としたのだ。
 そして8回、巨人はルーキー、5番の高橋由伸右翼手が阿波野秀幸投手から右翼中段に飛び込む11号3点弾を叩き込んだ。「プロに入って初めて」という高橋の派手なガッツポーズに、三塁側、レフとスタンドのG党は勝利を確信。ジャイアンツが誇るM(松井)K(清原)T(高橋)初のそろい踏みの花火の競演に、ベイスターズを応援する横浜スタジアムの一塁側、ライトスタンドは声を失った。
 ところが、一塁側ベンチはまだ“これから”だった。巨人はシーズン途中から抑えを任せていた槙原寛巳投手がマウンドに上がったが、熱気を帯びたスタジアムの雰囲気にベテラン投手も完全に飲まれた。
 ロバート・ローズ二塁手の二塁打で1点取られると、6番・佐伯貴弘右翼手への2球目にボーク。佐伯は本来なら右飛に倒れたところだったが、これで打ち直しとなった。早くこの激流から脱出したい…。その焦りが十分静止せずに投球してしまったのだろうか。
 そして8球目。打ち直した打球は同じ右翼でも高橋の頭上を越える、6号同点2点本塁打になった。大砲で打っても打っても、マシンガン打線を沈黙することができない巨人ベンチは背筋が寒くなる思いがした。
 ボークで流れは変わった。9回、巨人は勝ち越しのチャンスを迎え、清原が五十嵐英樹投手の初球を三塁ファウルフライ。これを万永貴司内野手が落球したものの、流れは巨人に傾かず五十嵐は気落ちせずに清原を三振に抑えた。そして“戦犯”になりかけた万永が9回裏、左前打でチャンスメークすると、波留が最後に決めた。
 プロ野球界に激震が走った脱税問題で、2軍の試合出場さえ禁止となった波留が1軍に合流したのは5月中旬。オープン戦もファームの試合での出場もできなかった出遅れた男は、夏場に来てマシンガン打線の一員に完全に仲間入りした。
 ヒーローインタビューで波留は言った。「たまたま僕が代表してここにいるだけで、きょうは全員で勝った」。権藤博監督は壮絶な試合をこう総括した。「もののけに取りつかれたようなゲーム。向こうはハードパンチャーをそろえて、こっちはピストル。そのピストルもみんなで撃てば勝てる。でも、こんな試合ばかりしていたら体がもちませんよ」。
 この試合が運命の分かれ道となった。2試合連続で巨人にサヨナラ勝ちの横浜はそのまま首位をキープし、38年ぶりの日本一までひた走った。
 巨人は3位を確保するのがやっと。長嶋監督辞任騒動で次期監督にで巨人OBの名将・森祇晶元西武監督の名前が挙がるなど、慌しい1年となった。
 

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