日めくりプロ野球 7月

【7月12日】1964年(昭39) “ポパイ”激怒!酔客追って客席乱入!

[ 2008年7月6日 06:00 ]

当時“メガトン”打線と呼ばれた大洋の強打者たち。左から長田幸雄、近藤和彦、桑田武、重松省三
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 【大洋6-5巨人】7月の川崎球場は何かと騒動が多い。60年以来、4年ぶりの優勝へひた走る首位大洋は9・5差の3位巨人との14回戦で3-5とリードを許して9回表を迎えた。
 日曜日の夜だった。三塁側からレフトのスタンドは巨人ファンでぎっしり。対大洋戦に5勝8敗とやられているG党にとっては勝利目前だったが、巨人戦に強い長田幸雄左翼手が守備位置につくと、心無いファンが長田をののした上に後方からウイスキーのビンを投げた。

 ほんの数センチずれていたら、長田の頭に直撃するところだった。昨日も誰かにビンを投げつけられた。もう我慢の限界だ。何よりも危なくて野球ができない。そう思うと怒鳴らずにはいられなかった。
 「誰だ!こんなことをするのは!」。視線の先には、長田の大声に目を丸くした赤ら顔の男がいた。通称“ポパイ”と言われた、いかつい風体の長田に恐れをなした男は脱兎のごとく観客席から逃げていった。
 ここで話は終わらない。なんと長田は外野の金網フェンスをよじ登り、ユニホーム姿のまま観客席へ飛び込んだ。
 「捕まえて警察に突き出してやる」と意気込んだ。ところが、男は逃走したため、長田は満員の観客、しかも巨人ファンに取り囲まれてしまった。周囲の奇異な視線で我を取り戻したときには、さっきまで自分が立っていた左翼の位置には三原脩監督以下、大洋ナインや審判団が集まり「早く出て来い」と、手招きしているではないか。ホエールズ内でも猛者で通っているかつての本塁打王・桑田武、森徹の2人がフェンスに登り、長田を迎えに行く始末。さすがの長田も諸先輩の手を煩わせてはと、自力でグラウンドに戻ってきたが、審判団は協議の結果、長田を退場処分にした。
 野球規則3・09の1には「ユニホーム着用者は、次のことが禁じられる」とある。それは「プレーヤーが、試合前、試合中、または試合終了後を問わず、観衆に話しかけたり、席を同じくしたり、スタンドに座ること」。
 左翼の松橋慶季線審はこう説明する。「長田君が守備位置についたとき、足元にウイスキーのビンが投げ込まれた。私がそれを片付けようとしたとき、長田君がフェンスをよじ登ってしまった。私は再三“入ってはダメだ”と言ったが、間に合わなかった。長田君は暴言を吐いたりはしていなかったが、ユニホームのままスタンドに入ることも話すこともルール違反なので退場させた」。
 逃げた男はその後、球場警備をする神奈川県警川崎署員に暴行容疑で逮捕された。59歳の住所不定の男で、かなり酒に酔っていたという。
 長田の怒りが乗り移った大洋打線は9回、4本の長短打を集め、最後は長田を止めに行った桑田の中前サヨナラ適時打で大逆転勝ち。巨人の2連覇の夢を打ち砕くのに十分な11・5差にした。
 こんな熱血漢でありながら、義理人情を大切にする選手だった。77年、秋山登監督から別当薫監督へと代わると、戦力構想から外れていたが、なかなか決心できなかった長田だったが、同年1月に可愛がってもらった中部謙吉オーナーが急死すると、社葬が済み次第引退を表明。「16年間世話になった球団だし辞めたくなかった。だが、オーナーが亡くなられたことで踏ん切りがついた」と焼香が終わるときっぱりユニホームとの決別を宣言した。
 通算成績は802安打78本塁打で2割6分6厘。63年に8打席連続安打、68年には5試合連続本塁打と、当たりだしたら止まらないのがこの“ポパイ”だった。
 引退後はテレビ神奈川で解説を務め、居酒屋を経営。タイトルには無縁だったが、付けていた背番号7は以後、長崎啓二外野手、鈴木尚典外野手らに受け継がれ、両選手とも首位打者を獲得している。

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