日めくりプロ野球 7月

【7月11日】2004年(平16) メジャーでも記録なし!魅せた新庄のヘッドスライディング

[ 2008年7月6日 06:00 ]

3回、全パの新庄剛志は果敢に本盗し成功。日米球宴史上初の単独ホームスチールだった
Photo By スポニチ

 【全パ2-1全セ】オールスター初開催の長野。一生のうちにもう二度と見ることのできないようなプレーを日本ハム・新庄剛志中堅手が“魅せて”くれた。
 「行っていいかな?」「いいんじゃないですか」…。3回二死三塁。三塁走者の新庄と三塁コーチスボックスに入っていたダイエー・松中信彦内野手の間でこんな会話が交わされた。新庄は視線を松中の後ろに移した。三塁側ベンチの全セ、ヤクルト・古田敦也捕手と中日・山本昌投手が本塁を指差して「ゴーゴー」と言って笑っている。稀代のパフォーマーがその気になった。

 全セのスタメンマスクを被った矢野輝弘捕手は全部お見通しだった。問題はいつやってくるかだった。2球目、3球目、気配はあるが、三走の新庄はまばゆいばかりの白い歯をみせて笑っているばかり。フリだけかな?と思っていた矢先、阪神・福原忍投手が日本ハム・小笠原道大内野手に投げた6球目を返球した時だった。
 新庄が猛然と本塁へ突入してきた。周りの大声で気づく前に福原も返球した。それでも新庄は矢野のタッチをかいくぐり、ヘッドスライディングで生還。球宴55年の歴史で初めて単独ホームスチールに成功した決定的瞬間だった。
 「おかしいなあ。普通はホームでアウトになる。爆死するんだけどなあ」と新庄をけしかけた古田は信じられないといった様子。やられた福原は「先輩の厳しさじゃないですか。生まれて初めてホームスチールを決められた。悔しいというよりビックリ」。当の新庄は「盛り上げるにはあれくらいやらないとね。パ・リーグじゃなかったら、多分やらない。球宴初?だからこそやったんだ」。
 折りしも、6月に近鉄がオリックスとの合併を発表。球界再編、1リーグ制への流れが加速しつつあった。そうなればセパ両リーグによる球宴もなくなってしまう。新庄のパフォーマンスは、一個人が目立つためではなく、2リーグ制維持のために見せた必死のアピールだった。
 本盗の前の第1打席。初回、先頭打者の新庄は右手人差し指を左中間方向に向けた。ベーブ・ルースのような“予告ホームラン”のポーズに長野オリンピックスタジアムの約2万7000人の野球ファンは大いに沸いた。つかみはOK。後はオチだ。福原の初球をなんとセーフティバント。当たりが強すぎ、投ゴロとなってしまったが、これには両軍ベンチも大爆笑だった。
 本盗に二塁打2本、全パの2得点はすべて新庄が還ってきたもの。当然MVPに選ばれた。99年の第3戦(倉敷)と合わせ2度目の球宴最優秀選手だが、当時は阪神での受賞。セ、パ両リーグでのMVPは落合博満内野手(ロッテ、巨人)、清原和博内野手(西武、巨人)に次いで3人目の快挙だった。
 ホームスチールが受賞の最大のポイントだが、実は新庄、引退までに公式戦で73個、メジャーで9個の盗塁を決めているが、本盗はゼロ。オールスターだからできた快記録は、77回の歴史を誇るメジャーリーグの球宴でも、34年(昭9)7月10日の第2回でナ・リーグのパイ・トレーナー(パイレーツ)がダブルスチールによる成功があるだけ。日本でも78年の第2戦(甲子園)で阪急・蓑田浩二外野手が重盗によって決めたことはあったが、単独では試みた選手もいなかった。
 メチャクチャにもみえる新庄の姿を一番理解していたのは、世界のスーパースターだった。「パ・リーグのいいアピールの場になった。決してお荷物ではないというところを見せられた」。トロフィーを高々と掲げる新庄を、公式戦とは違う優しい眼差しで見つめていたのは、全パのダイエー・王貞治監督だった。

続きを表示

バックナンバー

もっと見る